赤い糸


 運命の赤い糸が見える≠セなんて言ったら彼はきっと笑うだろう。


 俺には赤い糸が見える。別に誰彼構わず見えるというわけではない。自分の小指に絡む毛糸のような赤い糸が、それもたまに見えるだけだ。その糸は時折現れてはすぐに姿を消すので、俺もそれを見る度そういえば前もこんなことあったなと思い出す。そんな程度の話だ。以前、呪いかもしれないと思い「赤い糸ってどう思います?」と五条さんに聞いたこともあった。その時は「そんな歌あったね」と返ってきたのでそれ以上は聞かなかった。

 初めて赤い糸が見えたのはかなり昔のことだ。小学校低学年の頃だったと思う。その時はわけがわからなくて指を触ったり振り回したりしてみたものだが、結局それに触ることはかなわず、そしてすぐに見えなくなった。だからその時はすぐに忘れてしまった。
 二回目に見えたのは、中学生に上がるかどうかという頃だった。しばらくぶりのことだったのでとても驚いたのを覚えている。結果的に数日間はその紐と過ごす羽目になったので、その間はとても気が気ではなかった。家にふらっと現れた五条さんにそれとなく聞いてみたりなんかもした。結果は先ほど申した通りなので、以降は呪いと思うことはやめた。呪いだったら五条さんに見えないはずはないのだから。そう言い聞かせながら悶々と過ごしていたら、いつの間にか赤い糸は消えていた。
 それから何度か、その糸は見えたり見えなかったりを繰り返した。俺はそのたびに驚いたりいぶかしんだりしていたのだが、それもしばらくすればどうでもよくなってしまい、途中からは出てもそんなこともあったな、と思うだけになっていた。
 
 ある日、夢を見た。

 夢の中で俺は赤い糸を辿っていた。いつもは糸は指に巻き付ている部分しか見えていなかったそれが、夢の中では糸の先までずうっと続いていた。だから俺はそれを辿って町や学校を歩きまわり、その先々で糸の先を回収した。そして腕の中が糸でいっぱいになる頃に、糸の端を見つけたのだ。
 そこで、目が覚めた。俺は覚醒してすぐに手を確認した。見ると糸は夢の通りに先が続いていた。だから俺は飛び起きてその先を追うことにした。だってその先は――

***

 朝起きると僕の指に赤い糸が巻き付いていた。そんなべたな、と笑ってみたのだがそれは触っても触れられず、ただ、だらりと外に向かって伸びているだけだった。
 この糸はどこに続いているのだろう。赤い糸と言えば、運命の相手とつながっているというのが定説だ。運命の相手とやらにはあまり興味がわかないが、以前恵が挙動不審に指を撫でながら赤い糸≠フ話をしていたなとを思い出す。彼はもしかしたら何か知っているのかもしれない。だから僕は適当に身支度して恵の部屋を訪れた。
 寮の入り口に着くと、恵も外に出かけようとしているところだった。やあ、と片手をあげ声をかけたら彼はとても驚いた顔で僕を見た。
「五条先生、どうしてここに?」
「んー、なんとなく?」
 恵はそう問いかけだけして、そのまま押し黙ってしまった。目を大きく見開き、こちらをじっと見て動かない。なにも黙らなくたっていいじゃないか。動かなくなった恵を観察すると、その様子は僕、というよりは僕の挙げた手を見ているようだった。そういえば指には赤い糸が巻き付いていたな。そう思って指の糸を視線で追う。
 糸の向こう側は恵の小指にしっかりと結びついていた。――ああ、恵はこれを見ていたのか。今も昔も。
 僕がなんとなく納得していると、恵は大きく息を吸い決意を固めた目で、こちらにまっすぐ視線をよこした。そして……
「五条先生、俺はアンタのことが――」

赤い糸


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