夢心地


 カツカツとチョークが黒板を叩く音が響く。黒板の前には珍しく真面目に授業をする五条さん。教室内に並んだ机は一つ。俺の席だけだ。
「はい、ここはー恵くん!」
 ここの答えは? 五条さんは俺以外誰もいない教室を見渡して、至極勿体ぶった後に俺を指名した。
「五条さんそのフリ要ります?」
「恵、そこは先生でしょ!」
 五条さん、改め先生はさっきより大きな声で指摘した。いつも座学なんてしないくせに今日はやたら張り切っている。「だって座学なんて久しぶりだし」なんて言い訳しながら先生は嬉しそうに笑っていた。
 
「ここは大事だから忘れないでね」
 嬉しそうな先生は時折おかしな寸劇を挟みながらも至極真っ当に授業を続けた。俺はその様子が今まで見てきた五条さん≠ニ全然違うので少しおかしかった。
「五条先生って授業もできたんですね」
「ひどいな、恵。このGTGにできないことなんてありません!」
 ほとんど独り言だったのに、誰もいない教室は思ったより静かだったらしい。五条先生は教室を超えて廊下いっぱいまで響きそうな声でそう宣言した。仁王立ちでチョークを構える先生は確かに先生らしさがある。
「でも、なんかもう飽きちゃったね」
「はあ」
 前言撤回。五条さんは先生になっても五条さんだ。全然教師なんてガラじゃない。
「アンタ、それでも教師かよ」
「うーん、でも恵相手に座学っておかしくない?」
「おかしくないっすよ」
「でも稽古とかの方がよくない?」
「それは……」
 少し悩んでしまう。五条さんとの稽古は本当に最初だけで最近はめっきりだった。マンツーマンとはいえ最強から学べる機会は意外と少ない。
「……お願いします」
「はい、決定!」
 五条さんは嬉しそうに手を叩いて言うが早いかチョークを投げて黒板を乱雑に消した。
「さあ、行った行った」
 背中を押されて教室から追い出される。
「でも新しい子きたらこうもいかないからね」
 役得だね、恵くん。五条さんは心底愉快だという顔で子供みたいに笑った。
 こんなに自分勝手に振る舞っておいて何が役得か。でもそのコロコロ変わる楽しげな表情を見ているのが自分だけだと思うと、なるほどそれも悪くないなと少しだけ、ほんの少しだけガラにもなく思ってみたりするのだった。

第一回伏五ドロライ
お題「役得」

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