セックス中に演技している五条先生とそれをよく思っていない恵の話



「恵! あっそこ気持ちいい……から! ンあァ」
 だだっ広い寝室に目の男の喘ぎ声だけが響いた。俺、伏黒恵は自分の担任の先生である五条悟と教師と生徒の関係を超えて身体を繋げていた。
 先生とこういった関係になったのはいつからだっただろうか。今では遠い昔だった気もする。告白したのは俺、先生はしばらく何も言ってくれなかったけど、しつこいぐらいに何度もアタックし続けたら最後は了承してくれた。俺はそれがうれしくて舞い上がって一線を越えるのもあっという間だった気がする。最初は気持ちよくてなにもわからなかったけど、最近になって気づいたことがある。
 先生はいつもセックスの時大げさなぐらい喘ぎ声をあげる。恵と甘い声で囁き、奥をえぐるたびに気持ちいいと啼く。最初はそういうものだと思っていた。先生は気持ちよくて自然と声がでてしまうのだと。でも違った。なんとなく段々わかってきて最近になって確信した。
 彼はセックス中演技をしている。
 気持ちいい。挿れて。触って。恵、好きだよ。セックスの間、彼は自分の欲しい言葉を欲しいだけくれる。
 その姿に興奮している自分がいるのも事実だが、あからさまな演技にはうんざりだった。先生には気持ちよくなってほしいが、フリでまで見たいとは思わない。無理してほしくない。ありのままを見せてほしい。だって二人は恋人同士なのだから……というのは少し自分でもロマンチストすぎるか。俺はすこし自嘲気味に笑って先生の腰を掴みなおした。
「はあ、こっちはどうですか、五条先生?」
「あ、きもち、い……よ、恵」
 奥をぐりぐりと押さえつけると先生は満足そうに笑って頭を撫でてきた。よしよし。そう聞こえてきそうな撫で方に、子ども扱いするなと伝えたくて腰を引いてから一気に戻した。
「あっめぐみ! そんな、や、イク! イっちゃうから!」
「先生が子ども扱いするからです、よ」
 語尾に合わせて中を蹂躙すると先生はあっけなくイってしまった。背中に回っていた手がパタリとベッドに落ちて腰に絡んでいた足もするりとほどける。そむけられた顔を見やればうるんだ瞳とうまく閉じきれていない唇の合わせ目からこぼれる息が目について、有り体に言ってしまえばすごくエロかった。だがこちらはまだイっていないのだから勝手に休まないでほしい。
「五条先生、勝手に休まないでください」
 俺もイきたいです。率直に告げれば五条は余裕気に笑って「いいよ」と告げた。それを合図に動き始めると彼はまた「あ」とか「いい」とかの喘ぎを再開した。実際射精してるし中が閉まるから気持ちいいのは間違いはないと思う。でも、終わるとすぐケロッとしてるし絶対面白がって盛ってるだろ…… 
 いらだちから自分本位で進めてもなお、気持ちいい、もっと、と伝えてくる目の前の男に一抹の寂しさを覚えてしまう。だが若い性欲はそんなものでは止まろうはずもない。俺は先生の身体をこれでもかと折り曲げて、腰と腰がぴたりとくっつくようにして中に出した。
「あ、めぐみ! きもちい? 僕の中いい? あっあっン」
「先生、あ、いい。気持ちいいです……あ、絞めんな」
「あっだって、恵がなかでイってるのうれし、から」
 先生はぎゅうぎゅうに足を腰に絡めてきて、これが俗にいうだいしゅきホールドか。などと考えた。どこで聞いたか忘れたが、たしかオタクの呪術師の先輩に聞いた気がする。その時はオタクって変なこと考えるんだなと思っていたが今は気持ちがわかるかもしれない。先輩すみません。これは結構かわいい。
「先生ってかわいいところもあるんですね」
「は、恵ってそんなこと思って抱いてんの? ウケる」
 素直に感想を告げるが、先生は俺がイったからか普段の態度に戻っていた。前言撤回。こういうところがあるから嫌なんだよ。
「いや、やっぱりかわいくないです」
「何?拗ねんなって」
「拗ねてません」
 さすがに態度が露骨すぎたからかすぐにツッコまれる。もう完全に普段の五条先生≠セった。態度は普段通り、教室や修行中に見せるそれで、さっきまでの彼はいったい何だったのかと問いただしたくなる。でもやはり言える訳などなく俺はそのまま先生の身体から文字通り身を引いた。
「んあ、恵待って、抜けちゃうのヤダ」
「甘えたこと言わないでください。明日朝早いって言ったのアンタだろ」
「そう、だけどさ」
 もう一回。先生はそう言って俺を引きとめようとした。強請られるのは正直言って悪くない。いや、むしろ好きだった。エロい顔で迫られて悪い気なんて全然なかった。でもそれも先生の演技に気づくまでの話だ。あまり経験の多い方ではない自分はすっかり騙されていたわけだから、この五条悟という男に。
「嫌です」
 むかついてきたので問答無用で身支度を整える。先生は文句を言いながらもさっきの扇情的な表情は引っ込めて、すらりと立ち上がり服を拾った。その身のこなしからも全く今までの情事の余波は感じられない。本当に何もなかった、と言わんばかりの動作で先生はベランダの窓を開ける。部屋が換気され、さっきまでの暑苦しい湿気た空気までもなかったことになっていく。
「これって本当、なんなんですか……」
「? 恵何か言った?」
「いや、なんでもないです」
 帰ります。そう言って立ち上がれば五条先生はひらりと手を挙げて「またね」と言った。次があるうれしさとこれからもこの不自然な関係が続くのかという寂しさとが混ざって胸を打つ。言葉が刺さったままの胸が苦しくて俺は扉を開けて外に出た。


***


 最近、恵の様子が変だ。僕、五条悟はベッドの上でぼんやり考えごとをしていた。ただベッドの上、というわけではない。僕の上には顔を赤く火照らせ汗だくで僕を見つめている教え子の恵がのっかっていた。その必死に僕を求める姿は大変かわいらしくて微笑ましいのだが、今考えていた悩み事も彼が原因だった。
 最近、ふとした瞬間に恵が僕のことを何か言いたげに見つめていることがある。直接は何も言わない。でもセックス中もなんとなく不機嫌だし上の空に見える。以前はちょっと僕の声を聴いただけで顔を真っ赤にしてイきたいと泣いていたのにいくら喘いでも反応が薄い。せっかくこの僕を抱いているというのになんて贅沢な。だが理由が気になるのも事実。そう考えながら恵の顔を眺めていると不機嫌そうな顔が近づいてきた。
「こんな時に、考え事なんてしないでください」
「ごめんって、あ、あン」
 俺だけ見てろよ。恵は苦しそうな顔でピストンを速めた。何度も身体を重ねてきたからか多少慣れてきたものの、奥がえぐられるたびに自然と喘ぎ声が漏れてしまう。でも恵も声を聴いて悪い気はしないだろうと気持ちいいままに「気持ちいい」と告げてみるが、予想に反して今度は寂しそうな顔と目が合った。
「黙れよ、」
「あ、だって、ン……」
 恵の唇が近づいてきて乱暴にキスされる。恵から与えられるセックス中のキスはいつも雑だ。でもそれがどうしようもなく好きだった。唇を食まれる感覚が気持ちよくて少しだけ口を開けばその隙間から強引に恵の舌が差し込まれた。僕もそれに迎合して舌を差し出す。
「ん、あ」
 ぴちゃぴちゃと湿った水音が周囲に響いて耳までも犯していく。腰の動きは緩やかになったものの、それでも完全には止まっておらずじれったい刺激が断続的に与えられていた。刺激を与えられるたび、中に熱がこもる感覚が身体中を支配していく。でも、これでは、これだけではイくことはできない。生殺しだ。
「あ、もっと奥ほしい……めぐみ」
 唇が少しだけ離れた隙に思ったことをそのまま口に出してみると、恵はまた寂しいような苦しいような顔で「はい」とだけ答え腰の動きを加速させた。
 不機嫌な態度は気になるが、奥に与えられる刺激が気持ちよくて思考が曖昧に溶けていく。ぼんやり焦点の合わない目で彼を見ていると、だんだん恵の不機嫌顔も興奮と欲に塗り替えられていき次第に乗り気になっていくのがわかった。こんなスロースターターじゃ、僕の身体持たないんだけど。少しおかしくて笑ったらまたキスをされたからそのまま目を閉じてすべてを彼に任せた。

***

「恵、何か僕に言いたいことあるでしょ」
 行為が終わって二人でベッドに寝ころぶ。明日は土曜日で、珍しく二人そろっての休みだった。別に土日休みなんて決まりはないのだが、それでも土曜が休みだとなんとなくうれしい。だから恵をむりやり引き留めて泊まるよう促し今もベッドに寝かせている。せっかく二人夜も一緒なのだからさっさと疑問を解決して第二ラウンドにでもしけこもうと質問を投げかけてみたのだが、それを聞いた恵は心底嫌そうな顔を僕に向けた。
「なんでもありません」
「嘘。最近ずっと僕のこと恨めしそうな顔で見てるよ」
 強情にも何も言わないという姿勢を見せたので、視線のことを講義すれば恵は恨めしそうにうなった。
「……アンタが余計なことするからだろ」
 なにそれ? どういう意味?
 恵が絞り出した答えは僕の思うものとは全然違っていた。彼はこともあろうに、この僕が何か余計なことをしたと言ってのける。普段から揶揄ったり面倒な任務を押し付けたり、嫌がられる要素はそれなりに思いつくが、そんなものすべて今更だ。僕と恵はもう何年もこんな関係を続けているし、それは身体を繋げた程度で変わるものでもない。むしろ好きだって言ってきたのはそっちの方で、そこは最初から織り込み済みだと思っていた。というか余計? 余計なことってなんだよ。僕は恵の愛には比較的真摯に向き合っている方だと思うけど?
「僕? 心当たりないけど?」
 正直に伝えると彼は恨み節たっぷりに口を開けたり閉めたりして、言おうか言うまいかを悩んでいるようだった。いやもうバレてるんだから全部言ってくれないと困るんだけどさ。
「恵ぃ、言ってくれなきゃわかんないよ?」
 身体を起こして恵と向き合うように座り直し、視線を合わせて「ほらほら」と促せば彼はしぶしぶ居住まいを正して口を開けた。
「……五条先生、俺に抱かれてる時に“演技”してますよね?」
「は?」
「なんていうか、喘ぎ声が不自然っていうか妙にうるさいし、最初はこっちも必死過ぎてわからなかったんですけど……」
 恵はおずおずと口を開いたかと思えば、どんどん熱のこもった小言を並べていく。僕が口を挟む間もなく、それはどんどんエスカレートしていった。
「だって五条先生、抱かれてる時はすごい喘ぐし可愛いこと言ってくれるのに、終わった後全然だるそうじゃないしケロッとしてて、そんなの見せられたら「あ、さっきのも俺が必死こいて腰振ってるの心の中で笑ってんだろうな」とか思うじゃないですか!」
 もう最後は怒鳴るような勢いで食って掛かられたが、正直僕には全然心当たりがなかった。確かに少し喘ぎ声を盛っていると言われたらそうかもしれない。でも大半は特に抑えてないだけでありのままに伝えているだけだ。それをこともあろうに演技って、恵って本当……。さすがに卑屈過ぎないか。と心配になってしまう。恵を見やれば少し落ち着いたのか、またじっとりとした目でこちらを見ていた。
「いや、恵君。ひとついい?」
「……なんすか」
「僕、演技なんてしてないんだけど」
「…………え?」
「だから、してないって演技」
「は? ………………ハア!?」
 僕が告げると、恵は少しずつそれを咀嚼していき、咀嚼し終わった後には、さっきよりもさらに大きい声で素っ頓狂な叫びを上げた。目をこれでもかと見開いてこちらを見やる顔はだんだん赤くなっていき、今にも爆発しそうだった。口はさっきからパクパク鯉みたいに開いたり閉じたりを繰り返している。なんだか可哀そうになってきたが、ちゃんと伝えてやらないとまた勘違いしそうなので、僕は心を鬼にしてそのまま続けた。
「そりゃ声が大きいのは、ちょっと盛ってた。……かもしれないけど。でも僕、恵にはまじめに向き合ってるつもりだし揶揄うなんてそんな野暮なことしないよ」
 それに僕、気持ちいい時はちゃんと伝える派だし。そう告げると恵はやはり顔を真っ赤にして何も言えずにこちらを見ていた。二の句が継げないというのはこういうことを言うのだろうか。あれ? 意味違うかも。合ってる? まあいいや。
 戻っておいで、と顔の前で手のひらを左右に振って、僕は恵にこちらを見るように促した。
「めーぐーみー、大丈夫?」
「え、それじゃ……」
「何?」
「それじゃあ、ヤってる時気持ちいいってアンアン啼いてるのも……演技じゃないんですか?」
「泣いて、はないけど……そうだよ」
 恵は無くしていた声を取り戻したかのように突然話し出した。こちらをまっすぐ見つめる両の目は先ほどの虚ろなドブ色ではなく爛々とぎらついて、今にも射殺しそうな勢いだった。その視線に少し圧倒される。
「奥ついてって何度も強請ってくるのも?」
「……そうだね」
「俺が中でイってうれしいって言いながらぎゅうぎゅうに締め付けてくるあれもですか!」
「そう、そうなんだけど。それ言ってて恥ずかしくならない?」
 今までの行為を一から十まで聞かれるとさすがの僕でも恥ずかしい。僕そんなこと言ってたっけ? でも恵が嬉しそうな目でこっちを見ているので何も言えなかった。とりあえず誤解は解けたみたいだし一件落着なのかな。とか思って気を緩めると恵に肩を押されてベッドに仰向けに転がされた。
「何?」
 彼の顔を覗けば興奮に支配された雄々しい表情が目に入る。どうやら恵の変なスイッチを押してしまったらしい。でもその姿はここしばらくの恨めしそうな湿った表情からすればむしろ心地いいものに感じられた。
「もう一回いいですよね」
「念押し? お願いじゃなくて?」
「はい、ヤりたいです。ヤらせてください」
 恵はそういうなりいきなり唇を押し付けてきた。セックス中の乱暴なキスだ。まだいいよって言ってないのに。でも別に止める理由もないので「いいよ」の代わりに口を開いた。その了承は十二分に伝わったのか、すぐにぬるついた舌先が強引に差し込まれる。
「ん、はあ」
「フ……ん」
 二人の息遣いがベッドルームを支配する。好奇心から手をそっと彼の下半身に這わせるとそこはすでに十分な硬さを持っていた。ゆるゆると握れば、唇が離れていき乱暴に腰をつかまれる。
「煽んないでください」
「だってもういいじゃん、入れてよ」
 僕的には今まで通りに、素直に気持ちを伝えると彼は顔を真っ赤にして目を見開いた。それが初めて身体を繋げた時のような初々しい反応で思わず笑ってしまう。
「恵、かわいい」
「うるさい」
「ね、入れてよ。それが僕の本心だからさ」
 拗ねそうな恵を促して先を強請れば、彼は観念したように僕の身体を折り曲げた。



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