初めてのxxx


「セックス、したいです」
 セックスという言葉を口にしたのは、もしかすると初めてのことだったかもしれない。この口なじみの悪い言葉はずっと舌の上にざらざらと残って、俺の思考をぼやけさせた。
 五条さんは俺の前に現れてから数日から数ヶ月に一度、家を訪れてきた。何か手土産を持ってくることもあればこうやって何もなく家でゴロゴロしているだけの日もある。今日もそんな日で、でも普段と違って津美紀がいなくて、だからこれは単に魔がさしたのだ。きっとそうだ。
「僕と恵が? なにそれ」
 初めて気持を伝えてしまった。しかもかなり即物的な愛の要求だ。それでも五条さんはケラケラと笑うだけだった。彼の言葉は普段通りの口調で上塗りされていて本心が全く読めない。やはり駄目だったのだろうか。それでも俺は自棄になって言葉を続けた。
「そうです」
「ふーん」
 五条さんは立ち上がり、サングラスで表情の分からない顔を近づけた。何か品定めするような動きに居心地が悪くなる。
「最近の子ってマセてるよねー」
「揶揄わないでください」
 五条さんは肩に腕を回して俺を引き寄せる。それはいつも通りの距離感で、だけど今、思いを伝えてしまった後ではどうしようもなく嫌な近さだった。五条さん、と見上げると彼は口角を吊り上げてこちらを見下ろした。そして彼はサングラスを外して適当にポケットにしまうと顔をこちらに近づけ、あっという間に俺の唇に唇をあてた。
「いいよ」
 それは一瞬の出来事で、本当に触れるだけの軽いキスだった。だが、それでも俺の心臓は早鐘のように脈打ち顔に熱が集まっていく。五条さんはそんな俺の様子なんて知らないというようにやわやわと耳を撫でた。さっき触れ合った唇は耳元に移り、俺の耳に触れるか触れないかの距離で止まった。
「いいけど今はキスだけね」
 ふっと息が吹きかけられ、もうそれだけで心臓が破裂しそうだった。だめだ、これではセックスどころの騒ぎではない。ああ、でも、俺はアンタとセックスがしたいんです。五条さん……
「い、嫌です……」
「なんで? キスだけでこんなにドキドキしてるのに?」
 絞り出した俺の抵抗はあっさりと躱され、反撃とばかりに五条さんの猛攻は続く。指が俺の手の甲を撫でて、指先についと触れた。俺より大きな手がすりすりと汗だくの指先を弄ぶ。唇は耳たぶを食みながら、普段より数倍色っぽい声を吹きかけた。恵。ああ、名前なんていつも呼ばれているのに。それでも彼の言葉は麻薬のように俺の身体と脳を痺れさせた。
「……五条さん、俺はアンタとセックスしたいんです」
 お願いです。俺のいかれた思考回路は勝算のない言葉だけを紡ぎ出す。それでも五条さんは笑って結論を誤魔化すだけだった。彼の微笑むその顔がどうしようもなく綺麗で、ああ、俺はきっとこれからもこの男に囚われて生きていくんだな、とぼんやり悟った。

伏五版ワンドロワンライ
第0回 お題:はじめて

初めてのxxx


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