万斉はなんだかんだ言いつつも、本心では深く高杉晋助という男を尊敬している。
表面にあらわれ難いだけであって、それはいっそ心酔と言い換えても過言ではない程に、だ。

「あとは、ここを爆破しろ」

と、高杉が指差した先、地図に刻まれた地名に目をやると、そこには『ブライダルショップ』の文字。

「何故ここを?」

攘夷や倒幕には全く関係ないのでは、と、至極もっともな疑問を万斉が口にすると、高杉はニヤリとお世辞にも質の良いとは言えない笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ぞくりと肌が粟立つ自分も大概終わっていよう。この男の奏でるこういった昏い唄に惹かれてやまないのだ。

「これで完成、だからだ」

内側から響く唄に聞き惚れていたからだろうか、高杉が答えた理由の意味を直ぐには理解出来なかった。

「完成、でござるか…?」

「あぁ」

深い森の色を宿した隻眼を細め、クツクツと愉しげに喉を鳴らす男はひどく満足そうだった。

(いったい何が……)

万斉は地図に再び視線を向ける。
注意深く。テロの予定地と先程決定――というより高杉が指定――した地名をひとつひとつ目で追った。識字出来るほとんどの人間がそうであるように、万斉も例に漏れず自然と上から下へと順々に文字を読む。

『トレードセンタービル』
これは分かる。税収の他に天人との貿易を独占することで利益を得ている今の幕府にとって、ターミナルの次に重要な施設だ。自分ももっともだと納得した。
『市役所』
派手好きの男にしては規模が小さいとは思ったが、まぁ幕府の公的機関であることは間違いない。
『拉麺☆日本一』
……その名の通りラーメン屋だ。この辺から意味が分からなくなってきた。
そして『ブライダルショップ』
さっぱり意味が分からなくなった。

(いや、ブライダルショップはもしかしたら腹いせかも知れぬな)

ふと高杉が、それはそれは気持ち悪いほどに溺愛している漆黒の鬼を脳裏に浮かべてそう思い直した。


高杉がかつて、よりによって『あの』土方十四郎と付き合ってる宣言をした時は万斉も驚いた。あやつは敵だ、一体なんの気紛れか、はたまた作戦か、まさか懐柔されたのではあるまいなと、愉悦を湛える男を口汚く罵ったことを強く覚えている。
はたして自分がふたりの関係を認めたのはいつのことだったか。
やはり伊東をそそのかして真選組を引っ掻き回してやった時のことだったろう。
透けるような白磁の肌と艶やかな漆黒の髪、そんな美しいモノクロの男の気高い『音』を聴いた瞬間――たった一本の自ら定めた道をなりふり構わず突き進んでいく姿勢に、その視線に、確かに万斉は隻眼の男を目の前の両眼に重ねた。
気付いたのだ。ふたりの関係が気紛れでも作戦でも、況してやどちらかがどちらに懐柔されたのでもないと。きっと、それは本当にただただ純粋な『恋』という関係だ。
立場の違いなどでは決して押し止められない、それは烈しくも真っ直ぐな『恋』だ。
だが、例え高杉が――そして土方も――本気で相手を愛していようとも、それだけでは万斉はふたりを認めはしなかったろう。それどころか何としてでも反対の姿勢を貫いたに違いない。

なのに認めたのは、分かったからだ。
このふたりは戦場で合間見えれば、躊躇いなく相手に剣先を向けると。
相反する信念を、しかし、だからと言って相手に譲歩し曲げることは自らに許さない。
割り切った関係なのでも愛がないのでも何でもなく、寧ろ愛しているからこそ。相手が愛してくれた自らに――誇り高き侍であるために。

そんな真っ直ぐ先だけを見据えて、たった一本の『芯』をからだの中心に持つ高杉の姿は、万斉が、この男に一生を捧げようと決めたその日の高杉の姿と変わりないモノであった。
そんな真っ直ぐ先だけを見据えて、たった一本の『芯』をからだの中心に持つ土方の姿は、万斉が心酔する高杉の姿に酷似したモノであった。

だから、ふたりは本当にきれいなイキモノなのだと、感じて認めた。
ふたりの関係がとても眩しいモノに思えた。

そんな経過があった故に、万斉も高杉と土方の、俗に言ってしまえば『バカップル』と称されるのだろう関係は重々承知だ。認めてだって、いる。
だから高杉はブライダルショップが気に入らないのではと、不意に馬鹿馬鹿しい仮説が頭をよぎったのだ。
同性の上に敵同士という『結婚』などあり得ないことの代名詞である自分達を差し置いて、幸せそうにブライダルショップに足を運ぶ人々への、腹いせ。

(……まぁ、それはないでござるな)

しかし万斉は直ぐ様、内心かぶりを振って、その仮説を否定した。
高杉に結婚願望はない。
結婚しようがしまいが愛情の有無に違いはなく、また彼らは紙切れ一枚にどうこうされるような簡単な関係ではないのだ。そもそもそんな細かいことにこだわるような可愛らしい性格ではないだろう、あの傍若無人を体現している男は。

では何か。

もう一度テロを予定する地名を追う。


『トレードセンタービル』『市役所』『拉麺☆日本一』『ブライダルショップ』

『トレードセンタービル』『市役所』『拉麺☆日本一』『ブライダルショップ』

『トレードセンタービル』『市役所』『拉麺☆日本一』『ブライダルショップ』


(……え?)

何度も繰り返し地名を呟く内に何か、何か大変なことに気が付いてしまった気がして、万斉はぱちりと一度大きくまばたきをした。
勿論、それはサングラスの奥に隠れて誰にも悟られなかっただろうが。




『トレードセンタービル』
『市役所』
『拉麺☆日本一』
『ブライダルショップ』


動揺を瞼の裏に閉じ込めて、もう一度四ヶ所をまじまじと眺める。
だがそれは否定したかった想像を確信へと進化させただけに終わった。

嗚呼、本当に、自分は、確かに、気が付いてしまったのだ。
気付かぬ方がよっぽど良かっただろうこの四ヶ所の意味に。




『トレードセンタービル』
『しやくしょ』
『らーめん☆にほんいち』
『ブライダルショップ』

れーどせんたーびる』
やくしょ』
ーめん☆にほんいち』
らいだるしょっぷ』




「…………」

どうやら自分はついていく男を間違えたらしい。
万斉は、今までの高杉像がガラガラと崩れ去り、全く新しい像が組み立てられていくのを意識の遠くで感じた。





(嗚呼、今日も世界は平和でござるな)



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