赤い桜の花びら
情事が終わって寝そべっていると木の膨らんだ蕾が目にとまった。1つだけじゃない。あちこちにたくさんある。
窓の外に手を伸ばしたら、木漏れ日から差し込む光と葉の影が腕に模様を描いた。そっと蕾に触れる。弾けて花を開きそなほど膨らんでいた。この中にあの薄桃色の淡い色が詰まっている。そう思うと指に力が入る。思った割には蕾は硬く閉ざされ、こじ開けるのは少しーーー
「いった!」
「むしり取ってんじゃねぇ。バカ」
そんな声と共に頭に拳骨を喰らい、腕を窓の内側に引き戻される。機嫌の悪そうな、無愛想な先生の声。もちろんいつもと変わらない口調だ。
「むしり取ってないもん。桜の蕾が気になっただけだし」
「んなの知るか」
吐き捨てるようにそう言われ、頬を膨らませる。でも先生はそんな私のことなど気にもせず自分だけ身を起こして裸のままタバコを吸っている。珍しかった。最後に先生がタバコを吸っているのを見たのはいつだっただろう。
「久しぶりに先生が吸うところ見た」
「お前がうるせぇからずっと影で隠れて吸ってたわ」
先生は喫煙者だった。けれど私が臭い臭いと言い続けたからタバコを吸うのをやめるようになった、ように見えた。だが私が気づかなかっただけのようだ。そっか、とだけ言うと私達の間に沈黙が流れる。
もう一度窓の外を見ると弾けんばかりに大きく膨れ上がった枝々の蕾達を見る。
「もうすぐ春だね」
返事はない。沈黙は続く。
「今度の卒業式晴れるかな。雨の卒業式とか嫌だな。だってさ…」
行くはずのない卒業式のことを話題にして無理やりにでも話を引き延ばそうとする。
我に返ると先生がタバコを咥えながら私を見ていた。なんだろうか、と思ってから私が話の途中で物思いにふけっていたことを思い出す。
「…っあ……はは。話してる途中で考え事しちゃった。ごめーん」
いつもと変わらないトーンで話したつもりだった。けれど無意識にも声がぎこちなくなってしまう。そんな私を見つめながら先生は紫煙を細く吐いた。
「15時」
「え?」
「15時。お前鈍いんだからそろそろ支度しろよ」
先生がそう言う。時計を見ると長い針は11と12の間、短い針は2を指していた。
お母さんが18時から継父と夕飯を食べに行くから早く帰ってきて、と言っていた。
ここから1時間かかるから17時前には出ないといけない。でも先生の肌と重ねた体は汗や体液でびちょびちょだからお風呂に入ったり、そんなことをして帰ってきたと余裕を持って分からないようにしなければならない。
「でも鈍いって何よ。ひどーい」
「事実を言ったまでだ。風呂もいつもなげぇんだよ。さっさと入って来い」
ぐうの音も出なかった。けれど私はいつも以上にダラダラしていた。体がベタベタするのも嫌だがさっさと片付ける気持ちにもなれなかった。
「ねぇ、先生。枝折って持って行ってもいい?」
「ダメに決まってんだろ」
「えー。じゃあ桜が咲いたら押し花にして手紙送って」
「無理」
「……またここに来てもいい?」
「ダメだ」
予想通りの言葉が返ってくる。多分、今日私の言う言葉のすべての返答はもうれなかった。
これもみんなのせい。みんな自分勝手だ。
「…みんな酷いよ。本当」
本音が思わず出る。でも私が拗ねたって先生はお構い無しなのは知ってるし私も何かして欲しいわけじゃない。さっさと風呂入って何もかも流してしまおう。そう決めて立ち上がろうとする。
その前に後ろから腕が回って来た。腕は私の肩を優しく抱く。背中に硬いあの胸板を感じる。それと同時に顔が近寄ってきて私の肩にキスを落とす。少し長いキスだった。一連の流れがガラス越しにうっすらと映った。表情は見えない。目を凝らして見ようとすると先生が立ち上がって頭の上からバスタオルが降ってくる。
「わっ、何」
「早く風呂入れ。臭いぞ」
そういうと先生は私をどかすとベッドにもたれ込んだ。私はそんな後ろ姿を見ると黙って風呂場に向かった。
高校に入りたての頃、異性を誘惑して寝ることをゲームのように楽しんでいた。中学の時に1人でするのを覚えたからその応用はどんなものなのかという探究心だったが1人でするのも2人でするのも元を辿れば大好きだった父の不倫が原因で両親が離婚したことの悲しみを紛らわせるためだったのだろうと思う。
初めに見知らぬ男とラブホで、慣れてくると人伝に知り合った他校の男子を家に連れ込んだし、それも飽き足りなくなると他クラスの男子と学校でするようになった。
普通は逆なんだろうけれど、性への快楽より親や友達にバレるかもしれないというスリルを味わっていた。
教室で一学年上の男の先輩に教室で抱かれていた時、見回りに来た先生に目撃された。それが出会いだった。先輩は私を置いて一目散に逃げ出した。置いていかれた私は先生に情事を見られた恥ずかしさよりゲームを邪魔された怒りで先生に責任を取れ、と素っ裸で詰め寄った。ゴツン、と拳骨をもらった。学校で盛るんじゃねぇ。低い口調でそう言われた。
拳骨を頭に受けた痛みとゲームが中途半端に終わったことで私は泣きながら恨みごとを大きな声で言った。同時に先生に口を塞がれた。私は必死に責任を取るように手足をじたばたさせて抵抗したが、先生の言葉を聞いて大人しくなった。
ーーーそんな言うなら責任も取るし卒業まではゲームに付き合ってやるよ。
そう言って先生は私にキスをして責任を取り出した。
それから学校や野外で何十回もセックスしたし、いろんなプレイもした。修学旅行の時も異性の部屋に行かないようになんて言ってた先生と先生の部屋で担任にバレないようにスリルを楽しんだ。
あ、と思わず声を出す。
頭を洗ってトリートメントをして、体を洗おうとしてそれに気がついた。肩に赤い痣がある。いつの間に、と思ってから先ほどのキスがマークをつけるためのものだったということに気づいた。
先生は本当に最高のセフレだった。無愛想だがまぁまぁ整った顔立ちに高身長でスリムな体形は周りの頭の悪そうな女達もかっこいいなんて黄色い声を出すくらいだ。仏頂面でも私の嫌がることはしなかった。あと女と連絡してる雰囲気は何度か見かけたが最後までこの家に私以外の女の出入りしている様子は見られなかった。見かけによらず律儀らしい。私は見かけによらずクソでビッチだけど。
でもクソもビッチもこの生活も先生とも終わりだ。私は明日、この街を去る。母の再婚が決まり、外国人の継父の住むアメリカへ旅立つ。継父の仕事の都合らしい。母も継父も申し訳なさそうにしていた。でも高校生の私を置いていくことも出来ず、継父の仕事の都合も変えることもできない。私が折れるしかなかった。担任は的外れな慰めの言葉をかけると卒業証書等は輸送するから心配するなと言っていた。相変わらず人の心に鈍い、バカな男教師だった。
無愛想で担任にも私の学年に関わることすらなかった先生の方がよっぽど私のことを分かっている。まぁ、それも先生がちゃんと私のことを思ってしているのか、ただ先生の取った行動を私がいい解釈にすり替えているのか分からないけれど。
学校を卒業する。この街を卒業する。この生活をクソを卒業する。ビッチを卒業する。先生との関係を卒業する。みんな、終わりだ。
お風呂から上がると先生は私を一目見てから入れ違うように風呂場に向かう。私は空いたベッドの上に再び横になって布団の匂いを嗅ぐ。先生の匂いがする。少し体液と私の匂いも混じっている。臭いのかいい匂いなのか分からない。でも嫌な匂いではなかった。再び窓を見るとまた花の蕾と目が合ってから、ガラスにうっすら映る裸の自分と目があった。
目を見て、鼻を見て、口、首、鎖骨…と見ていく。肩を見ると赤い痣が再び目に入る。膨らんだ蕾と痣が重なり合って、花開いたように見えた。少し赤い桜の花。
先生からしてくれた初めてのキスがこんな風になるなんて。私はそれをしばらく眺めた。
本当最後まで飽きない人だ。
もっと擦れた高校生活になるんだろうなぁ、なんて思っていた。1年の時はこんなビッチまがいのことをして高校卒業する頃には何が残るんだろうとさえ思っていた。けれど、先生がいたから。こんなクズでビッチの小娘をなんだかんだで見捨てないでいてくれたからここまで生きてこれた。名残惜しくてたまらない。でももう次のステップが待っている。止まることは許されない。前に押し出されていく。
バタンと音がして、先生が戻ってくる。綺麗さっぱりに洗い流した先生の体や髪からは雫が垂れていた。なんだかちょっと艶めかしい。けれど感傷に浸っている暇はなかった。その胸に私は飛び込んだ。
「っおい。今度はなんだ」
「もう一回」
止まるのが許されないなら。残りわずかな時間をギリギリまで楽しむしかない。
私は先生を押し倒してそう言った。
「もう一回私を抱け」
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