3センチ



届かない距離が、縮まる事はない。
傍にいたい。一緒にいたい。そう願っても。
そう思っていた。でも、今は違う。


「はぁ……」

「ルルちゃんさ、人の顔を見ながら溜め息つくのやめてほしいんだけど」

「何で私が溜め息をついてるのか、アルバロは分からないの?」

「いや?察してはいるけど」


しれっと言うアルバロは、にこりと笑顔を私に向けた。この笑顔も、段々と慣れて来た気がする。
嫌味も言い訳も嘘も、見抜ける程には時間が経った。そう、それほど時が過ぎた。
けれど変わらない。こうして、隣に座る彼が必ず、ほんの少しの距離を置くのも。


「ね、アルバロ?」

「ん?」

「貴方、この距離は詰めてくれないの?ずっと」

「……さぁ?詰めたいなら、ルルちゃんが詰めれば?」


それでも恋人か、と言いたくなる物言いでも私は少し嬉しかった。今の言葉に嘘はないから。
詰める気はない。縮める気はない。だから君が詰めて。距離を無くして。
……そういうことだ。
強くて意地っ張りで、実は臆病な彼の本心。私が、私だけが知る姿。


「そう。いいわ?私が無くすから!」

「うわっ…あのさ、もう子供っていう年齢じゃないだろうが…少しはおしとやかになったらどうだ?」

「失礼ね、これでも昔よりは落ち着いたわ!それに、アルバロ相手におしとやかになんてなってられないもの」


強引なくらいが丁度いい。じゃないと、彼は離れてしまう。いなくなったりはしないけど、離れてしまうだろう。誰より、臆病な彼だから。この距離をこれ以上にさせるつもりなんて無い。
そんなアルバロの腕の中に飛び込んで、彼の腕の中で私は笑う。


「ふふっ、アルバロも段々素直になってきたのね」

「は?」

「だって、こうやって私をちゃんと抱きしめてくれてるじゃない」


しっかりと、私の背に手を回して。私の身体を支えて、抱きしめてくれている。
それが証拠。代わりに、少し私が天の邪鬼になったかもしれない。でもそれもまた、変化のひとつ。
不変なんてありえない。求めても悲しいだけ。だから、どんなものでも変化はあって、私はいい事だと思う。
だって、彼は"変わらないもの"を求めていたんだから。
それが彼の"寂しさ"に繋がってしまうのだから。


「別に、ルルちゃんがどう思ってようがいいけどさ…そろそろ離れない?」

「あら、どうして?」

「離れないならこのままベッドに連れてくけどいいの?ってこと」


不敵に微笑むアルバロに、私も同じ様な笑みで返す。もう、慣れっこなのだ。
むしろこうやって、対抗出来る様になってからは前より楽しい気がする。
それでもやっぱり最後はアルバロに負けてしまうときが、多いけれど。


「昼間からそんなこと言うなんて、アルバロったらそんなに私が好きなの?」

「あれ、断らないってことはルルちゃんもその気ってこと?」

「そんな風に言っても、最初にその気になったのはアルバロよね?」


ね?と更に詰め寄れば、引きつった顔でアルバロは私を見た。そう、この表情は私が勝った証だ。
詰めた距離と、彼の表情。それが今の私と彼の関係。


「まぁ…そうだけど…で?それは了承?」

「アルバロの好きに受け取っていいのよ?」

「そ、じゃあ…あとになって後悔するなよ?」


ゆっくり、私の身体が浮く。優しい手つきに秘めた、彼の弱さ。私の気持ち。
私を包み込む、彼の香り。体温。そして、唯一彼が、自分から縮めてくれるこの距離。
小さな小さな、この距離が、きっと大切なのかもしれない。


「しないわ、だって大好きだもの、私」


あなたのことが、大好きだもの。この距離も、全部。



(小さな小さな距離、3センチ)



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