亡霊少年の恋愛道中


「うあ〜ァ…どーすりゃイイんだ…。」
「何度似たような台詞を私に聞かせるつもりかね?」
「う、ゴメンな…。でもほんッとわかんねェんだもん…。」

 とある昼下がりのこと。ここはトメニア軍の諜報機関であるアプヴェーアに隣接した休憩スペースである。偶然ほぼ人気のなかったそこに、今は長身の人影が二人分ある。机に伏せている燃えるような橙色の髪の男は、向かいに座っている色素の薄い髪の男性――エリカに声をかける。エリカは男の発言を軽く流し、湯気の立つお手製のコーヒーを口に含んだ。淹れているところも中々見られないエリカのコーヒーにはどんな秘密があるのだろう…と考えながら、彼の正面に座っている男、アイゼンは伏せていた顔を上げた。こちらの人格のアイゼンは悩み事?なんだそれ美味しいのか?というような表情が常であるため、彼を知らない人間からすれば明日は槍でも降るのかと思いかねないだろう。

「なァ!どーすりゃイイんだよエリカ!」
「私に聞いてどうするのかね。そもそもあの性悪女に告白するのはキミだろう。」
「そうだけどさァ!あとヘルツィは性悪じゃねェから!」

 半分やけっぱちのように答えながら、アイゼンは傍に置いてあったマグカップの中身をぐっとあおった。幾分冷めてしまったその中身はホットココアだ。ブラックコーヒーは得意ではないのだ、たとえミルクと砂糖をありったけ放り込んだとしても。エリカはそんなアイゼンを半分呆れたような目で見つつも、話に付き合ってくれていた。
 話の内容は、恋愛相談…の、ようなものだ。アイゼンはバレンタインに勢いに任せて想い人をデートに誘ったはいいものの、それが本当にただのお出かけで終わってしまったのである。想い人から貰ったトリュフは美味しかったが、吹っ切れも煮え切れもしない気持ちを抱えたまま、明日で丁度一ヶ月が経とうとしていた。今度こそはと意気込むものの、如何せん”こちら”の自分はどうにも人付き合いの経験値が浅い。ゆえに既婚者であり、想い人を曲がりなりにも知っており、且つ自分の知り合いで一番相談がしやすいエリカに、今まで複数回に渡って相談をしていたのである。どうすれば想いを伝えられるか、と。なおどこが発端かは知らないが、自分の恋愛模様はアプヴェーアに筒抜けているのが大変解せない。誰だよ勝手に言ったヤツ許さねェ。

「あァ〜どうしよ…。」
「いつまで悩んでいる気だね。約束は明日だろう?」
「うん…。」
「店選びにも付き合っただろう、ここまでの下準備を無駄にする気かね。」
「そッ、そうじゃねェけど…。」

 煮え切らない態度ばかり見せるアイゼンに、エリカは一つため息をついた。アイゼンは言葉を濁しながら、机の上に置いたマグを両手で包んで項垂れた。どうしても、伝える言葉が思いつかずに前日まで来てしまった。何を、どう言えば自分の想いは伝わるのだろう。そもそもこの感情を初めて自覚した時点では、伝えることができずとも構わないと思っていたのだから、伝えたいと思うようになっただけ進歩はしたと認めてほしい。とある同僚の叱咤でなんとかそう思えるようになったものの、未だにその叱咤の言葉が胸に突き刺さったまま離れないのだ。
 自分が自分の体を持っていたのならば、きっとここまでは悩まなかったのだろう。自分は、”あちら”の私が必要ないと切って捨てた一面が自我を持ってしまったもの。そもそもが存在すら与えられるはずはなかった”こちら”のオレは、このままでは地に足付かぬ亡霊に過ぎない。体があるヤツはいいよなァとこぼしてみたところで、現実が変わるわけでもないのだが。
 普段なら考えるよりもまず体が動く質であるのに、今回ばかりは慣れない思考回路を使っている。それほどまでの一大決心なのだ、オレにとっては。たった一言、伝えるそれだけのことが、死地に赴くことよりも勇気が要ることだなんて思いもしなかった。

「…頑張る、オレ、頑張るからさ…。」
「玉砕したら慰めろ、とでも言うつもりかな?」
「いや、有給のが嬉しい。」
「ふ、妙なところで現実的だな。」

 グシャグシャと頭を掻いて、幾分か吹っ切れた顔をアイゼンは見せた。
明日は、約束の日。――3月14日、ホワイトデーだ。


*

望坂おくらさん宅エリカ・ウーズリーさん
お名前のみ 雪音さん宅ヘルツィ・ドーレスさん

お借りしました。
都合が悪い場合パラレルとして扱ってくださいませ。



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