子供と大人の喧嘩


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「おーや、こんな夜に何してんだよ」
「Mr.アイザック……」
「どいつもこいつも……ノックくらいしろっつってんだろ」
「誰も居ねぇと思ったんだよ、ごめんって」

 用事の済んだジャックが出て行き、僅かな静寂が訪れた医務室に、入れ違いで新たな来客があった。来客の名はアイザック。この度のZ調査団ローマ滞在において、Dr.Arkの出港命令から離反し、ローマの地で戦い生還した警備員だ。一般的な財団員よりも薄着の彼の体には、未だ凍結症状の兆しである蒼い色は見当たらない。そのことに、フラウはこっそりと安堵の溜息をついた。

「お前は凍ってねえのか。運がいいな」
「お陰様でな。はーなんでだろうな、運なんてモンガキの頃に使い切ったと思ってたのによ」

 フラウとの簡単なやり取りに応じながら、アイザックはうーん、あれどこやったかねー、などと独り言を言いつつ薬品棚を物色している。どこかから持ってきたらしいワインボトルが、妙に目に痛い光を放っているように見える。

「……君"たち"はなぜ命令違反をしたんだ、Mr.アイザック」
「なんでかだって?そりゃあの時のオレたちに聞いてくれよ」

 問いかけたアコモの思ったとおり、アイザックからは飄々とした言葉が返ってきた。彼には相棒がいる。その相棒もまたDr.Arkの命令に離反し、彼と行動を共にした。結果凍結が第二段階まで進んだと聞いた。
 きっと自分が知らないところに、犠牲はまだ有るのだろう。アコモは立ち上がる気力も失せて、目の前のマグカップをただただ見つめていた。そんな彼女を振り返ることなく、アイザックは臆面もなく自分の答えを口にする。

「オレは気に食わなかっただけでね、あの仏頂面の管理者サマが。少なくねえと思うぜ、そういうヤツも。ロウェルとかな」
「気に食わないからと言って、命令違反をして良い理由にはならない。誓約書にも署名しただろう。君たちには命令に従う義務がある」
「そうだな、そりゃそうさ。Dr.Aの命令は正しかったんだろうよ」

 素直にそれを認めて、アイザックは一度作業の手を止める。金色に光るアクセサリーを珍しく全て外した彼の腕には、細かい傷が散在していた。彼の目は少し遠く、どこか違う場所を見ている。

「いつだって世界は、最大多数の最大幸福の為に動いてく。そういうモンだ。で、オレらはそれが気に食わなかった。それだけだって」
「……それだけの理由で、君は、君たちは、多大な犠牲を払ったというのか!?未来ある少女を死なせ、子供たちを危険に晒して!?補充すれば済む財団員一人を助けるためだけに!?」

 激昂を垣間見せたアコモが詰め寄るも、体躯のいいアイザックがそれに怯むはずもなく。クロムイエローの瞳が、アコモの顔の位置まで視線を下げる。

「まぁ、あいつらをそこまで責めてやるなよ。あんたのことだ、もし反対だったら自分も同じことしたんだろ?」
「それは!」
「歳だか模範だか知らねぇけど、存外面倒臭え人間なんだなあんた。まぁ、人間なんてどいつも面倒臭えか」
「おいアイザック、」
「『未来がない』とか何とか思うのは勝手にしろよ。けどな、あいつらが救おうとした未来を否定する権利が、あんたにあんのかよ。はん、随分偉そうなこと言うじゃねえか」
「アイザック、テメェ何が言いたい!」

 沈黙してしまったアコモは気づいていた。自分が目を覚ましたときのあの言動は、きっとアイザックに全て見られていたのだと。子どもたちの頬を引っぱたいた感触が、今更生々しく、まざまざと手の上に蘇る。アイザックはフラウの怒声にも怯むことなくこちらを見、その黄色い瞳で有無を言わせず言葉をこちらへ投げつけてくる。淡々と、ただ静かに。まるでフラウの声など聞こえていないかのように。

「あんたの言う『未来ある少女』たちが救ったあんたの未来には価値がねえのかって言ってんだ。あんたが歩く未来を信じて、犠牲を推してまであんたを救ったヤツらを、あんたは頭から否定した」
「――」
「悩むのは勝手にしろ。けど悩めるほどオレらの時間は余ってねぇよ。動けなくなるくらいなら正義感なんざ棄てちまえ」

 そんじゃ、と、掴みかかられた手を放し、アイザックは何事もなかったかのようにその場を後にした。医務室に残ったものは、重苦しく、しかしどこか先程とは違う沈黙。そして、立ち尽くす二人の『大人』の決意の顔だった。


*


黒天使さん宅アコモ・デートラックさん
猫田さん宅フラウ・ミンゴレッドさん

お名前のみ
さちこさん宅ジャック・ライアーさん
しばさん宅ロウェル・ベルデさん
スチマギ公式よりDr.Arkさん

お借りしました。不都合あればパラレルとしてお取り扱いください。




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