"ヤァ、響イタ銃声ハ何発ダイ?"


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 豪華客船メイジ号。夜闇に包まれた海を回遊する不夜城には、今、前代未聞の騒動が持ち上がっていた。
 溢れだした白い薔薇の花びら、突然現れた何十、何百匹ものリス。そしてなにより空気を無理やりに振動させるような喧しくて騒がしい声――西京タワーを目の前にして聞いたあの声が、船内に響き渡っていた。
 かの東の最果ての島国の大魔術師、マグパイ。彼がこの船をジャックしたのだと丁度非番であったCLAIRが知ったのは、部屋の中で友人からの手紙を整理していた時だった。

 友人からの手紙を、それこそ諳んじられるほどに何度も繰り返し読んでも糸口は見いだせない。捜査が難航しているのか、ホシが逃げたのかは知らないが、あの時に送った手紙の返事は未だ来ない。様々に思案し思考を巡らせていた最中に、あの大魔術師の船内放送が爆音で響き渡ったのだった。

 少し根を詰めすぎたかもしれない。この騒がしい出来事の中に飛び込んでみるのも悪くないだろうと、CLAIRは考えたのだった。手早く手紙をまとめ金庫にしまい込むと、いつものようにスーツのジャケットを肩に引っ掛けて部屋を出る。部屋の鍵についた金具を指に引っ掛け、気分を変えるために鼻歌を歌いながら彼はホールへ急いだ。――否、急いだ、はずだった。

 スタッフの部屋の並ぶ空間、目の覚めるように赤いカーペットが敷き詰められたその奥が、妙に暗い。
目を眇めてそちらを見たCLAIRは、信じられないものを見た。

 そこに佇んでいたのは、色彩の抜けた誰かだった。
全身に灰と煤を浴びたような、そこだけ一昔前のカメラで切り取ったかのような、異質な空間がそこにあった。
 その誰かの背格好は自分と似ている。スーツの自分とは反対に、目の前の誰かは特高の制服を着ていた。しかも、自分と同じ着崩し方で。モノクロであるため髪色や肌色は判別できない。そして、自分の目がおかしいのか、その誰かの目元は黒いクレヨンで塗り潰されたようになっていて、全く瞳の表情が伺えなかった。口元は三日月形に反り返っていて、嘲笑うかのようにこちらを見ている。怪異や幽霊のそれではない。意思なく、且つ何かを訴えてくる、何かがそこにいるのだ。

 足がまるで木の根となってしまったかのように、動かない。
 上質なカーペットが、吸い付くように自分の足音を、足元を奪う。

 口を動かしても、声が出ない。喉がかっと熱くなり、脳内から酸素が急速に失せ、目の前の光と色彩が一気に失われる。眼前が狭まり、軽いパニック状態に陥った。息をすることもままならないまま、数分が一瞬にして過ぎたようにも、長い長い時間をかけて一瞬が過ぎたようにも思える感覚を、刺すような空気と共に肌で感じていた。

 その刹那、まるで大喝采の様に聞こえた乗客何千人の悲鳴と共に、船が大きく揺れた。
ぐらりと支えを無くして前のめりに傾いだ身体。その身体はいつの間にか、その誰かの目の前にあって。

 ギリシャ彫刻のような白くて冷たい手に腕を掴まれ、ぐい、と引かれたその時。
 佐藤明真は、三日月形に笑った口元から漏れた言葉を、脳内で聞いた。

『おまえは だれだ?』


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