狙うはジャックポット?



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「――残念。今回のベットと獲得予定だった20チップはジャックポットに加算されます。」
「おや、負けちゃったか。ありがとう、楽しかったよ。」

 肩をすくめて笑いながら、青年は横に置いていたレモン水を一口含んで嚥下した。
 ここは豪華客船メイジ号に設置されているカジノの中。非番の日にも拘わらず寝覚めの悪かったCLAIRは、朝食もそこそこにカジノに赴き、人気ディーラー・フランを捕まえて一勝負打っていた。結果は完敗だ。息抜きとしては中々にスリル満点で楽しいのがカジノの良いところだろうと思う。歯止めが効かず全財産をする人間がいつの時代にもいるのもまた確かだが。

「お客様、どうか気を落とさずに。カジノは時の運と申しますから。」
「気は落としていないさ、元々遊びに来たんだしね。お相手どうも。」

 言いつつディーラーにチップを手渡して、CLAIRは笑った。カジノで負けたことを気に病むほど金に困っているわけではない。もしも何か気を病んでいるように見えたなら、それには別の理由がある。そしてそう見せてしまう自分が、未だ表情の作り方が下手だということでもある。

「私には、何かをお急ぎのように見えますが。」
「そう見えるかい?キュートなバニーのお嬢さん。」

 自分が先程ベットしたチップを集めながら問うディーラーに、CLAIRは含み笑いと共に逆に問いを投げた。

「ええ、何かに焦っていらっしゃるようにも見えますが。何かは存じ上げませんが、足元にお気をつけなさいますよう。」
「ご忠告どうも。ところで――」
「頼もう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 と、何かを言いかけたCLAIRの横、突然威勢の良すぎる掛け声とともにテーブルボードが揺れ、グラスの中のレモン水が小さな悲鳴を上げた。揺れの正体は地震ではない、そう、掛け声に負けぬほど威勢の良すぎる挑戦者だ。そういえば彼はこの間海に投げ込まれていたような気がする。無事に生還していたのか。

「――お待ちしておりました、お客様。」

 ゆっくりとフランがそちらに向き直り、静かに鉄壁の笑顔を浮かべた。空気でわかる、この二人の間には何かひと悶着があったに違いない。
 あれほど騒がしかったカジノがしん、と静まり返って数秒――戦いの火蓋は切って落とされた。

「まずはベットを。5ポイント頂きます。
それではゲームを開始いたします。次に振るダイスの目が5以下ならロー、6以上ならハイとコールをお願いいたします。」
「当然ハイだ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 なんと初っ端からクリティカル。ハイをコールした彼の頬がみるみるうちに上気する。逆にディーラーは今にも舌打ちしそうな笑顔だった。この差よ。

「おめでとうございます、的中です。このままボーナスゲームに挑戦なさいますか?」
「無論続行ッ!!!次もハイだッ!!!!」

 隣で見ている分には、この手に汗握る戦いは大変見ものだ。思いもかけず自分は特等席に座っていたらしい、今日は運が思いのほか良かったのだろう。手を挙げてボーイを呼び、レモン水のお代わりを頼んでからCLAIRは再び勝負を見守った。次もダイスの目が差したのはクリティカル。カジノ中に高笑いが響き渡る。

「他のお客様のご迷惑になりますので少しお黙りいただけますか?」
「ぬァァァァァァんだこのディーラーはァァァァァ!!!!!!!生意気ぬかしおってェェェェッ!!!!!!」
「このまま続けるならば、ハイかローをコール。降りるならばレイズ、とコールをお願いします。」
「ここで降りるわけなかろうがァァァーーッ!!!!!ハイだ、ハイに全額入れる!!!!!!!刮目しろッッッ!!!!!!!!」

 ころん、と転がるダイス。そこに示された数字は、

「……ダイスのミューズは何故この人を甘やかすのでしょうね……。」

 10。三度目のクリティカルだ。

「クックック……阿ァーーーーーッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 高笑いの後、遅れてわっと歓声が上がった。今は4回勝ち、あと1回勝てば彼はこの船で史上二人目の最高報酬保持者となる。挑戦者のギラついた瞳はもちろん、それを見据えていたはずだ。

「あんのじょー!奢ってー!」

 と、後ろから歓声に混ざって歌姫の野次が飛んだ。人間、気が大きくなっているときには、無理難題や自身の損になる内容でもあっさりと承諾してしまったり、見栄を張って大盤振る舞いをしたりするものだ。この青年――杏ノ丞も、ご多分に漏れずそうだった。

「いいぞッ!!!! 今このカジノに居る全員に奢ってやるッ!!!!!! 男に二言はないッッッ!!!」

 突然の宣言は、カジノの大勝ちの結果以上に野次馬どもを熱狂させた。突然のタダ酒にタダ飯、それに食いつかない人間がいるはずもないのだ。加えてここは豪華客船の上、食材はどれをとっても一級品。野次馬が踊り狂うのも無理はあるまい。

「なんであっちはあんな盛り上がってんの?」
「いまカジノで勝ってるやつがお大尽らしい。」
「マジ!? 誰か奢ってくれるって!?」
「おい!!!!誰かが今日、飲食代全部奢るらしいぞ!!!!!」
「まじかよ、搾り取れるだけ食うぞ。」
「へぇ、面白いね。奢りだなんて気前のいい旦那じゃないか?」
「(ごはん!!!)」
「頼むぞッッッ!!! アンノジョーーーーッ!!!!」

 広がる、広がる。湖に放り込んだ小石が水面を歪ませるように、波紋の様にざわめきが、熱狂がカジノの隅々にまで広がっていく。そして一世一代の大勝負の最終ステージを飾る言葉が、杏ノ丞の口から放たれた。

「ディーラー、『ハイ』だッッッ!!!!!!!!! 見せてくれるわ、吾輩の生き様こそが芸術神そのものであるとなァーーッ!!!!」

 ディーラーがダイスを振るさまが、突如スローモーション撮影されたかのように見える。
 ゆっくりと転がり、停止するダイス。それが示した天下分け目の数字は、

「……お疲れ様でした。」

 5。

「あ。」
「今回のベットと獲得予定だった40チップはジャックポットに加算されます。……それではまた。懲りずに次も頑張ってくださいね☆」

 5。
 何度見ても、それは5だ。
 杏ノ丞が、これでもかというくらい満面の笑みを浮かべているフランを穴のあくほど見つめようと、その目は覆らない。

 それを認識した瞬間、静寂を破ったのは杏ノ丞の悲鳴。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「今日はあそこのオニーさんの奢りッッッ!!! 皆じゃんじゃん飲んでくれ!!!」
「あちらのお兄さんの奢りでもう一回賭けるわ。」
「オイ……俺ァ遠慮しねぇからな。死ぬほど食うぞ。」
「お客様、本日はあちらのお客様が全ての会計を持たれるそうですので、最高級のブランデーがオススメでございます。」
「さあチェルシー、今日は好きなだけ食べて飲みましょ!何がいい?ケーキホールで頼む?」
「加減しろ馬鹿者ォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 悲鳴と笑い声が響き渡る空間も、たまには悪くないのかもしれない。悲鳴の当事者にはもちろんなりたくないが。
そう思いながらCLAIRは、崩れ落ちた杏ノ丞の隣でちゃっかり自分も高い酒を注文していたのだった。


――


 カジノは身を滅ぼしかねない、が、いい薬でもある。
 いい教訓になった。久々に酒を美味く感じた。

以上


*

霧生れきみさん宅フランさん、もへじさん宅杏ノ丞さん、お名前のみ朝生葉月さん宅チェルシーさんをお借りしました。
またカジノ勝負の流れはもへじさんの作品『本日はあちらのお客様の奢りです。最高級のブランデーはいかがでしょうか?』の流れ・台詞をお借りしております。
都合が悪い場合パラレルとしてお取り扱いくださいませ。


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