独言は戯れの始まり



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「足りない。」

 足りない。
 欠けたパズルのピースが、未だに見つからないのだ。

 はぁ、と一つため息をつき、青年はベルベットのような肌触りの上等なソファに深々と沈み込む。ここはホストクラブ・キノタケの店内。何故か客足がふっと途切れた小休止時間のことだった。いつも愛想よく浮かべているCLAIRの笑顔は消えていた。

 足りない。
 犯人に繋がるかもしれない決定打が、どうにも出ないのだ。
今のところ犯人と関りがある、もしくは犯人であると推測される「専務さん」とやらとの唯一の接点である例の彼女が、ここ数日ずっと東洋のイケメンたちを指名しているのだった。そうされてしまえば、自分には取り付く島もない。ヘルプで入ろうと試みたこともあったが、いつも運悪く自分は別件で指名が入っていたり、非番だったりするのだ。物事の進度には波と運が絡む、それは致し方ないのだろう。

「どうぞ。」

 ――と、そこまで考えた時、ふと目の前に酒瓶が置かれた。品はそこそこ有名どころの白ワイン。そしてそれを置いた犯人は――明るい水色の髪にニコニコと引き結ばれた糸目が特徴的な青年だった。彼は確か。

「JOHANの旦那、今日も酔ってるね。」
「酔ってるくらいが丁度いいんですよ。足りないのはアルコールですか?」
「いいや、残念ながら足りないのはカフェインだね。」

 白ワインを片手にへらりと笑う彼――JOHANを見上げたCLAIRの顔は、途端に愛想のいい笑顔を貼り付ける。JOHANはそのまま軽く失礼、と声をかけて自分の向かいに腰掛けてきた。今日は吐きそうにも情緒不安定にもなっていないようだから、比較的体調はいい方らしい。だが彼の体調は嵐の山よりも変わりやすいということを、この場の黒服の少なくとも半数は知っているだろう。

 流れてくる空気や噂話のかけらから推測するに、どうやらホストクラブに併設されたカジノの方で、上限五回の大博打が開催されており、ディーラーとある人物の勝負が白熱しているらしい。いままで五回勝った者はいないとのことで、現在は四回目の勝利とのこと。これはついつい野次馬根性で身に行きたくなる気持ちも分かる。

「そういえばですね、今日は天照のお客さんをお相手したんですよ、貴方と同郷の。」
「おや、俺が天照出身だと?」
「違うんです?」
「いいや、ご名答さ。良い目をお持ちだ。」

 ぐいぐいと白ワインをあおるJOHANを見ながら話を聞く。そのついでにこちらの様子を覗きに来たらしい黒服にコーヒーを一杯、と声をかけ持ってきてもらった。長い白髪を黒いリボンで一本にまとめいてる彼には見覚えがある、よくJOHANを介抱している人間だ。名は確かアーデルハイトと言ったか。確か彼に比べると小柄の弟と、彼と同じくらいの体格の弟がいたはずだ。彼らは三人揃って「ベストオブクレーマー対応トリオ」と言われているとかいないとか、小耳に挟んだような気がする。

「そしてですね、その天照のお客さんののろけ話が長くて長くて。○○会社の専務さんとデートするんだ〜とか何とか…。途中でお酒を入れなければやってられませんでしたよ。」
「――へぇ?」

 CLAIRが眉を上げる。一気にグラスの中身を飲み干していたJOHANは気づいていないだろうが、その時のCLAIRは、愛想のいい笑顔というキャンパスに明らかな不純物が混ざったような顔をしていた。
 ともかく確認が必要だ。

「そのお嬢さん、こういう名前じゃなかったかい?」
「おや、そうですよ。もしかしてお相手したことありました?」
「ああ。確かに彼女、同じ話を何度も繰り返すよね。にしても、彼氏が出来そうなのにホストクラブにいるのか、彼女。」
「全くですね。そういう場でもありますけどね、ここは。」

 ソファのひじ掛けの陰に下ろした拳を秘かに握って、CLAIRはJOHANと談笑を続ける。
それは店が賑わいを取り戻すまで――もとい、JOHANが飲みすぎで吐き気を訴え、黒服の彼女が慌てて駆け寄ってくるまで続いた。


――


 新たな情報を入手。
○○会社の専務課業に就いている人間を当たって欲しい。
現時点では彼が証拠品の持ち主である可能性が極めて高い。注意されたし。


以上


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もずくもちさん宅、ジョンさんをお借りしました。
都合が悪い場合パラレルとしてお取り扱いください。



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