ヴァニラとワイン


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「やぁ、久しぶりだね、旦那。」
「え?」

 ここはホストクラブ・キノタケの控室。まだ開店には時間があり、控えているホストの数は少なかった。黒服は開店準備に出払っているのだろう、この場には見当たらなかった。それゆえかけられた声が誰へのものなのか間違えるはずもなかった。――そんなわけで、ヴァニラ色の髪の青年は、声がかけられた背後を振り返り、目を瞬かせたのだった。
 背後に立っていたのは、ブリテン人の自分とは違う、西の方によくある顔立ちと肌色の青年。薄めたワイン色の髪の下で、蜂蜜酒色の瞳が笑っていた。

「えっと……前、どこかで…。」
「おや、忘れたかい?天照で会っただろう、アディントンの旦那。いや、ここではLINKWOODの旦那だったかな。」
「あっ、もしかして…佐藤さん、だっけ?」
「ご名答。久しぶりじゃないか、あの活躍劇の後はどうなったんだい?」

 少し逡巡の色を映した顔が、はっと閃いたように表情を変えた。その口から零された言葉を受け、蜂蜜酒色の瞳の男性――佐藤明真はにこりと愛想の良い笑みを浮かべた。
 昨年の末に、目の前に立つホスト――LINKWOODこと、ローマン・アディントンとは顔を合わせたのだ。街中のカフェで偶然に。ああ、全くの偶然だったとも。彼は天照に派遣されたとある財団の一員で、最終的にその財団は西京都消滅の危機を救ったのだった。西京タワーは大炎上したが、それはそれ。あの後自分は現場保全と鑑識でてんてこまいだったと、たった半年ほど前の出来事を懐かしく感じながら、彼は声をかけたのだった。

「無事に帰れたよ。佐藤さんはお仕事、どう?」
「ぼちぼち、ってところかな。それにしても、こんなところで知り合いに会えるなんて嬉しいな?あと今の俺は"CLAIR"だ、宜しく頼むよ。」
「俺も会えると思ってなかったよ。元気そうでよかった。」

 愛想よくまた笑みを零せば、相手の表情はふっと綻んだ。読みが当たった。知り合いであればあるほど、ローマンは相手に簡単に心を許す傾向があるようだ。天照で出会った時に一発で正体を見抜かれたのには膝を打ったものだが、油断が出れば大した警戒は必要のない男らしい。

「そういえばLINKWOODの旦那。旦那のお客に天照の人はいるかい?」
「いるにはいるけど、なんで?」
「詳しいことはちょーっと言えないんだけど、な。今調査をしてて、旦那の助力を借りたいんだ。」
「……うん、分かった、いいよ。俺の一存で決められないかもしれないけど、天照のお客さんが来たら、君を薦めてみる。」

 何か事情がある旨を仄めかし頼ろうとすると、この男は簡単に受け入れてしまう。それを分かっていて、佐藤は真っ赤な嘘をつくでもなく、敢えてこう言ったのだ。調査・捜査に人心の掌握、身も蓋もない言い方をすれば他人を利用することは必須の技能だ。たとえ後で印象が悪くなろうと、この男なら許してしまうのだろうという根拠のない自信もあった。ごめんよ旦那、俺はこういう男なんだ。

「恩に着るよ旦那。今度一杯奢ろうか?ハイボールとか。」
「できればウィスキーはロックだと嬉しいかな。……あ、じゃあ、またね。」

 遠くからローマンを呼ぶ声が聞こえ、彼は軽口の後に断りを入れて席を立った。じゃあ、と自分も一つ声をかけて、ひらひらと手を振る。誰もいなくなった控室、愛想のよいあの笑顔は、一瞬にして姿を消したのだった。


――


 幾分か前に祖国で出来た知り合いと同一らしき人物との接触に成功した。
少し手の内を見せたのは失策だったかもしれないが、どうやら疑われもせず協力を仰げそうだ。

 明日からは忙しくなることを願おう。


以上


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