午後三時の告白


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 突き抜けるような蒼が眩しい、とある夏の日。
 場所は、ブリテンのとある宮廷。ほとんど使われていない、人の目につかない中庭。見事な花々が咲きこぼれるブリティッシュガーデンの一角で、大輪の薔薇に隠れるようにひっそりと設えられたテラスの椅子に、二人の人影が腰掛けていた。
 白いテーブルの上に並べられているのは、ティーポットと一対のティーカップ。角砂糖の入ったシュガーポットに、綺麗に焼きあがったスコーンがいくつか。彼らが楽しんでいるのは、勿論このブリテンでお馴染みのアフターヌーンティータイムだ。

「いやぁ、あの話は実に面白かった。まさかオチでマグパイ君がああなるとはな!」
「本人から怒られやしないかと肝が冷えましたが…。お気に召したようで何よりです。」
「はは、そうか。おかげで随分と滑稽な曲が出来てしまってな!今度聞いてもらおうではないか。」
「気分が乗っているときには、本当に筆が早いことで。」
「それは褒めているのかね?」

 向かい合って朗らかに語り合う彼らは、この宮廷仕えの芸術家たちである。どんな奇縁か運命か、幼き頃に夢を語り合った少年と少女は、煌びやかな最高の舞台で再び巡り合った。いつかの約束を果たし、今では肩を並べて歩けている、その現がまるで夢であるかのような今、彼らは何を思うのだろう。

「それにしても、君から茶会の誘いがあるとは珍しいな、エリック君。しかもこんな場所で。君の秘密の場所か何かかね?」
「……そういうわけでもありませんよ。お代わりはいかがですか?」
「頂こう。……おや、もう空だな。」

 エリックが手を伸ばすよりも一瞬早くティーポットの蓋を攫ったノルディックの白い手が目の前を横切った。ティーポットの中には一人分にも満たない液体しか入っておらず、彼女は少し残念そうな声で蓋をした。
 何の変哲もない紅茶と茶菓子を目の前に、昼下がりの談笑を楽しむ。何らいつもと変わりない、普通の穏やかな光景だ。劇作家の心の内を覗いては。

「そろそろティータイムもお開きかな?あまり息抜きが過ぎるとエリック君に怒られてしまうからな!」
「僕は怒るというより、貴女を追いかけているのですよ。昔も今も。」
「何と言ったかね?」
「いいえ、何でもありません。」

 独り言のように答えた劇作家は、ふと目を伏せた。

 自覚したのは、宮廷という舞台で彼女と再び相まみえて随分と後のことだった。あの美しい瞳に焦がれていることに、そして、その凛とした姿に、佇まいに、恋に落ちていたことに。太陽の様に眩しい笑顔も、水晶の様に透明な涙も、全てが彼女という華を彩る宝石のように思えた。彼女と顔を合わせるたび、その憧れと焦がれるほどの思いとは心の奥底で募るばかりだった。
 元来自分は、鈍感で気弱な男だ。いつも俯いたまま瞳を隠して、雨降りの曇天の下を歩いていた。彼女はそんな自分の人生という旅路に、突如差した光だった。くるくると表情をよく変えながら喋る彼女を眺めながら、そうぼんやりと思う。

 思ったことを伝えるのは得意だ。しかし、今から伝えようとする言葉は、どう試みても誇張も装飾もできない。頭の中でいくら考えても、いくら羊皮紙に書き殴っても、飾り立てたそれは不誠実な言葉に思えてしまって仕方がないのだ。ならば。

 彼女のお喋りが途切れた瞬間を狙って、劇作家は小さな口を開いた。らしくもなく早鐘を打つ胸を抑えるように深呼吸をして、伏せていた瞳を上げる。木の葉の隙間から見える空と同じくらいに眩しい瞳が、不思議そうにこちらを見ていた。

「ノルさん。貴女が、好きです。」
「おや、急にどうしたのかね?もしかしてこの間の新曲がお気に召したのかな?」
「いいえ、……あ、いえ、貴女の曲は勿論好きです。好きなのですが、今はそちらの話ではなく。」

 伝えなければ、始まらない。
 口を開くと決めた、なら何度だって僕は伝えよう。

 それが彼女を、傷つけないかぎりは。

「……唐突であるという自覚はありますが、もう一度言わせてください。
――僕は貴女が好きです、ノルディック。」

 さぁ、と二人の間を通り抜けたそよ風が、燃えるような赤い髪を散らす。
零れるかというほどの輝きを宿した琥珀色の瞳が、姿を現した。


*


伊勢エヴィさん宅ノルディックさんをお借りしました。




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