消えていくように




しとしと、そう音を付けたくなるように静かに雨が降る。数日前から雨期になり、蛙や蝸牛の姿がよく見られるようになった。この雨が開けたら夏が来る。その四季の移ろいを感じながら百姓も町人も武人も生きていると思う。少なくとも私はそうだ。時間はこの世の何よりも裏切らないもので、止まることをしらない。


それが当たり前だと人は知っているから嘆きたくなるのは尚更のこと。


私がここの城主に嫁ぎ正室となってから三年が経つ。子はいない。殿との仲は良好。側室はいない。だが契りを交わしていないのに孕めるか、と縁側に立ち、まだ泣き続ける曇天を仰いで目を細める。


「あら、」


視界の端に移ったのは銀の髪を持ち白と紫の着流しを着る男性だった。勝手知ったるように腰掛けてこちらを振り返った。その容は美しい。


「久しぶりだね」


「お帰りなさい、重治さん」


ただいま、と言った彼は体が透けている。本当に透けている。彼は正真正銘の幽霊である。私が嫁ぐ一年前に病で亡くなってしまったらしい。



「これで三回目になるね、君と会うのも」


「ええ、もう三年ですか」

「今年もお相手、よろしくね」

ふ、と笑った彼、重治さんは必ず雨期になるとこの城に帰ってくる。そして雨期が去ると同時に旅立つという奇行を成す。

「私も少しは落ち着きました」


「もう侍女に怒られていないかい?」


「………はい」


「気になる間だね」


「…はい」



昨日侍女の鈴に言われた一言が頭に浮かぶ。



「僕でよかったら、理由を教えてくれないかい?」


重治さんの透けた手が目に入る。白くて細い、綺麗な手。殿の手に似ている、と思った。


「…じゃあ、相談に乗ってくださいますか?」


「もちろん」


そう告げた彼の瞳は優しい瞳だった。



「殿との世継ぎを、鈴の目が黒いうちに、と」


「うん。去年も言っていたね」

「はい。それでですね、なんと今年は、押し倒してみては、などと鈴は申すのです」


「実力公使に出ろ、と」


「ええ、仲は良好ですのに体を繋げていないのは殿に勇気がないのでは?などと」


「よっぽど君たちの世継ぎを楽しみにしているんだね」



「楽しみと言いますか、一種の焦りのようだ、と私は」


昨日の鈴の形相は凄まじかった。絵巻や草子で読んだ鬼の形相だと思った。

「その割に、君は落ち着いているんだね」


そこで初めて自分は焦っていない事に気付く。お家の一大事とも言える世継ぎ問題に発展するだろう。


「そうですね、…まぁ殿は年上ですし早く世継ぎを、と願う者の気持ちもわからなくはないですが、すべては殿のお心次第。だから私は待つだけなのです」


「それを聞いて安心したよ」


「安心…ですか」


「うん。君は覚悟が出来ているんだね」


「はい。殿に嫁いで来た時は嫌でしたが殿はお優しい方ですし。お慕いしております」


この言葉に嘘はない。実際に褥で殿にも言った事もあったが何も起きず、殿は真っ赤な顔で「そうか」と言い、いつものように私を抱き締めながら眠った。その反応に期待してもいいのだ、と希望が見えた。



「私は頼りないのでしょうか。母にはなれない女なのでしょうか」


小さな溜め息が出て自然と俯いてしまった。庭に出来た水溜まりに雨が落ちていくのが見えた。


「彼は、ちゃんと君との未来も考えているはずだよ。ただ、今君から迫るのは得策ではないのかもしれないよ」



重治さんの笑みが深くなる。


「それはどういう、」


「さあ、迎えが来たようだ。大丈夫。彼が答えを出してくれるから」



静かに、でも早い足音が聞こえる。殿だ。そう言って重治さんが透けた手のひらで私の頭を撫でた。透けた体と幽霊という彼が私に与える感触はないはずなのに、その手は優しかったと私は思う。


「(大丈夫。彼女は君を慕っているよ。覚悟をして。想いを告げて。明るい未来が僕には見えるよ、三成くん)」



「さてと、今年はもう邪魔者は退散しようか」


来年は、彼女の腕に子が抱かれている事を願って。僕は虚空へ旅立った。




夢見るように様へ。
半兵衛夢のはずなのにこんな設定ですいません…!重治=半兵衛でお願いします。

ありがとうございました。