私は真っ白くてふわふわな上等な毛皮を使ったテディベアのようなベポに抱き付いていた。といっても、ベポは大変大きいため腕は周り切らないけれど。 海の中でゆらりとたゆたう光を視界の端に捉えながら、私は存分にテディベアとは違う生き物特有の温かさを堪能していた。
「ねぇ、桜、」 「んー?」 「もうすぐ桜の誕生日なの?」
顔をあげればこてんと首を傾げるベポが視界に広がる。うん、可愛い。 そして数秒後に、言われてみればそうだったと思い出す。海賊として海に出た今年はもうローと二人きりに時間を過ごすなんてことは出来ないのだろう。きっと私の誕生日というものはいい宴会の種にされ、酒盛りが始まるに違いない。 そう考えながらベポの温かさにうとうととしながら私は適当に相槌をうっていた。
†
そして現在――
絶対零度の視線というのはこのようなものを言うのだろう。身体は寒いと震えているのに、奥からは熱を発している。身体の節々はキシキシと痛み、頭はぼんやりと思考がしっかりと働かない。
深く隈のはった目は、呆れと怒りを浮かべている。普段ならば受け流すのも容易いソレも、今は私を責めているようでやるせなさが込み上げて来る。 働かない頭でも申し訳なさだけは感じるのだからたまったもんじゃない。
すん、と鼻を啜り布団から瞳の辺りまでを覗かせる。意識をしていないのに歪んでいく視界が情けない。
今こそ先日ベポで暖を取りうたた寝した自分を心から呪う。
「いいてぇことは?」
溜め息混じりにそう言われて私はまた布団の下に顔を隠した。
「……怒ってる?」 「怒ってねぇ。ただ、」
布団越しにくもった私の声に呆れかえっている様子から続く言葉が用意に想像出来る。ちろりとまた顔をのぞき込ませる。きっと「馬鹿も風邪をひくのか」か「ベポでこれから暖を取るな、間抜け」といったような少々、辛辣なものがあの薄い唇から飛び出すのであろう。 付き合いが長いだけあり、簡単に予想が出来るだけ哀しくなる。
しかしローが放った言葉は意外なものであった。
「心配させるな。もし今、他の船に襲われたらどうするつもりだ」 「ぅ……え?」
私を労るように髪を撫でやる姿は本当に優しくて体中の熱が顔に集まる。 ローは何気なしに立ち上がる。先ほどまでかすめていた指先はもう離れてしまった。 熱のせいではなく、私の顔は真っ赤に染まって頭もうまく働かない。先ほどよりも意識だけははっきりしている。そんな私に気がついてかは分からないけれど、ローはわざと意地悪く笑う。
「大人しくしてろ。今、食事を持って来る」 「……ゃ……」 「今日は一人にしねぇから」
「な?」と融通のきかない子供をあやすように優しく言われてしまっては、私はなす術もなく。大人しくベッドに身体を横たえ続けるのだった。 あんなに穏やかな表情を浮かべるローなんて、見るとは思わなかった。
口許がどうしようもなく緩むのを私は我慢なんてできなかった。
どうやら少しの間で眠りこけてしまっていたらしい。重い瞼を開けると椅子にゆったりと腰をおろし本を読んでいるローがいた。そして視線を少し移せば、まだ器から湯気のでているおそらくお粥と思しき膳が見られた。
せっかくローが気を揉んでくれたのに寝こけてしまった私は慌てて身体を起こし彼に謝罪をしようとした。 だがしかし、私は自分の身体が本調子ではないことを忘れていた。腕に力が入らず、前に倒れそうになってしまう。 ぎゅうと瞼を強く閉じて衝撃に耐える。
「馬鹿、自分の体調考えろ」
ローの少し慌てた声音が耳元で聞こえた。目を開けなくたって分かった。ローの心臓の音がすぐそばで感じられたから。
――トクン
聞こえる心音がどちらのものだろうと、私にはもうどうだってよかった。 きゅうと抱き締めると、ローは柔らかく髪を撫でてくれた。骨張っていて細い指は絡ますことなく髪を梳くとその手は背に触れた。
「桜、」 「ごめんなさい」 「桜、」 「面倒かけちゃって」 「桜、聞け」
不意に彼から引き剥がされて、私は目をしばたかせた。 眉間の皺を指で押してやった。やっぱり睨まれた。
「……おい」 「ごめんなさい」 「まぁいい。桜、別に俺は怒ってなねぇ。ただ、お前には脳天気に……」
どうも思い切りのない、ローにしては珍しく煮えたぎらないまま言葉は終わってしまった。 というのも、外が何やら騒がしかったからだ。 がしがしと乱暴に頭を撫でてからローはそちらへと、歩いて行ってしまった。
けれど、彼の言いたいことが何なのか私には分かったような気がした。
脳髄に薔薇 (手前ぇら、覗いてんじゃねぇぞ) (ロー、そんなに怒らないでも)
〜・*・〜・*・〜 愛しくてたまらない、そして尊敬してやまない弦へ贈ります。 海賊はアニメ派なのでいまいちローさんのキャラが掴めていない感があるけれど、喜んでもらえたら幸いです(笑) 貴女が生まれてくれたことに感謝! 弦、これからも大好き←
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