弦より:舞う風華
こじんまりとした、しかしよく手入れの行き届いた清潔な屋敷の縁側から見える景色は、ふっくらと豊かに咲き誇る一面の桜色だ。大和心というものはみな一様に、春が来るたびに幾度となく見ているはずのその花弁たちの姿を見飽きることがなく、少女の待つ部屋へと急いでいたはずの男の足も、例外なくぴたりと止まって景色に見惚れた。
あと二日も遅ければ、はらはらと散ってしまっているだろうし、あと二日早くては、まだその姿を蕾のうちに秘めていたことだろうと思われるその花たちは、今まさに穏やかな陽気の中で満開となって微笑んでいる。

「今年も、美しく咲いたものだな」

小さな声で呟いた言葉はいそいそと前を歩く女中の耳には届かず、振り返った彼女は不審そうに眉を顰めてみせただけだった。
なんでもないと肩をすくめかけたものの、不意に思い立って少しばかり時間をくれと許しを請うと、いささか不満げでありながらもじっと待ち、三成が戻るや否やすたすたと先を急ぎだす。なんともせっかちなものだ。これでよく、あののんびりとした桜に連れ添っていられるものだとある種の尊敬さえ抱く。そんなことを考えていれば、あっという間に屋敷の最奥にあたる部屋へ到着した。
まるで人気の感じられない、どことなくひんやりとしたここが桜の部屋だ。
襖の前でせっかちな女中を帰し、彼女のよく肥えた背中が見えなくなったことを確認し、ゆっくりと声をかけた。

「桜。私だ」

ややあって、中から細い声が返ってくる。

「どうぞ」

相変わらず絹糸のように細い声ではあるが、しかしその調子からすると体調は悪くないらしいー思ってから、声音ひとつで彼女の体調まで察してしまうようになったのはいつからだろうと苦笑した。
戦の時以外、神経を休めたいと願っているはずなのに、勝手に敏感になってしまう己の聴覚が憎らしくも、しかし誇らしい。音も立てずにするりと襖を開けば、藤色の美しい衣を纏った桜の姿があった。

「いらっしゃいませ、三成様」

大きく笑えば壊れてしまうとでもいいたげに、ごくごくそっと微笑む彼女の、その笑顔ひとつで鎖骨のあたりが妙に痛む。
この痛みの正体が彼女を恋い慕う気持ちだということくらいとうに知っているが、幼い童でもあるまいし、そんなことは情けなくて桜はもちろん、誰にも言えない。

「どうだ、調子は」

彼女の床の隅に腰を下ろしながら問えば、いつになく明るい声が返ってきた。

「とても、いいの。だって三成様、今日は桜が咲いたでしょう?」
「…ああ」
「そこの窓から、ほんのすこしだけ、桜の枝が揺れるのが見えたから」

そう言って、心底楽しそうにくすくすと笑う。その笑い方がなんだか悪戯を仕掛けた後の子供のように見えて、思わず頬が緩む。しかしひとしきり笑ってから、桜はわずかに声のトーンを落とした。

「…三成様」
「…」

返事をしなかったのは、後に続く言葉が分かったからだ。

「次の桜は、きっと見せに連れて行ってくださいね」
「どうだろうな。それはお前次第だ」

軽い調子で返さなくては顔が醜く歪んでしまいそうで必死に笑顔を作ってみせるが、ぎこちない。

「いいの、約束だけ。だって、先の日への約束は、灯、ですもの」

彼女が言い終わるや否や、両の腕は勝手に伸びた。目の前の脆くも強い、愛しい女を、この胸に収めるために。

「三成、様」

そしてそっと、薄い背に回していた腕を彼女の頭上へと運んだ。握りしめていた拳を、無言のままに解けば。

「わあっ…!」

はらはらと舞い降りたのは、武骨な手の中に収められ続けていた桜色の花弁。

「すてき…」

胸の中でからからと笑いながらはしゃぐ彼女を光成は今一度強く抱きしめると、その項に顔を埋めた。
命を尊ぶお前だから、枝を折ってしまえば、きっと悲しむ。だから私は、せめてこれだけでも見せたいと願う。
許してほしい、約束だけでは心許なく思ってしまう私を。私はお前のためならば喜んで、真っ暗なお前の道の中で煌々と燃える灯になろう。けれど、それでも少しだけ、怖いから。怖いと思ってしまうから。たとえ気休めだったとしても、童のまじないの類に過ぎないとしても。
私という灯にお前が迷わず辿り着けるよう、桜色の道標を、撒かせてほしい。


舞う風花

(この花のように、儚くも美しい、お前へ)

――――
こちらは誕生日に頂いた小説。
本当に私、弦からはもらってばかりですね。
もうもうこれが公式の三成でいい!!って思うほどに素敵な三成!
いつも本当にありがとうございます!
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