消えた言葉を柘榴に捧げ 1

たとえばの話をしましょうか。
私は微笑んでみる。
たとえば私が兄さん、かの天才軍師であった竹中半兵衛の妹でなければ三成にここまで大事にされることもなかったんでしょう。もっと私の心が強くて、兄様と秀吉さんがこの世を去ったことで声を失ったりしなければ、三成は自分の正妻にもっと気を遣ったんだろう。
つまりは私が全ての元凶だったんだ。三成をあそこまで孤独(ひとり)にしたのは私だ。

私は下唇を噛む。
すると、体温の低い細く長い指が唇をなぞった。確認するまでもない。三成だ。
私は彼に心配をかけないように笑いかけるが、三成の視線は鋭さを増すばかり。


『大丈夫、なんでもないよ』


声は出ないがそう言えば三成は視線を少しだけ優しくしてくれる。


「疲れているなら茶を淹れよう」


もともと、秀吉さんに茶を淹れたことで小姓に選ばれたとも言われている三成の淹れるお茶は本当に美味しい。しかも茶請けにといつも大谷さんは美味しい甘味を用意してくれる。
こんなにも幸せなのに、私は心から喜ぶことが出来ない。

きっと、私は強欲なんだ。
三成と一緒にいられるだけでも十分幸せなのに、未だに言葉を失ったまま。
彼をこの大阪城に閉じ込めている。


『ごめんなさい』


三成が茶器の用意をしている背中にそう言っても、誰も気が付かない。
当たり前だ。声を私は自分から捨てたのだから。

少し三成に近づいて、用意を手伝えばその手に他人より冷たい手が重ねられた。
驚いて顔を上げれば、三成が穏やかな笑みを浮かべていた。
幾日振りだろうか。
それが嬉しくて、私も思わず笑みを浮かべた。


「ようやく笑ったな」


三成はそう言うと私の頭をよしよしと撫でてまたお茶の用意に意識を向けた。

どうしてだろう。
痛いよ。いたい。三成がこんなにも優しいことを、知らない人たちは彼を「凶王」と呼ぶ。
誰よりも綺麗に、真っ直ぐな彼の優しさを奪っているのも私なのではないか。

じくじくと痛む胸を押さえる。
じくじく痛む反面、暖かな名前も分からないような感情が溢れてくる。


「ナマエ、刑部を呼んできてもらえるか?」


私はその言葉に弾かれるように部屋を出た。
三成に今の顔が見られたら、また彼は私を心配する。私は、彼に気を遣わせたいわけじゃない。
もちろん立場を利用して三成に近づいた。けれど、ここまで彼に堕ちるなんて思わなかった。私は醜いから、綺麗な真っ白い三成に惹かれたんだ。


「やれ、ナマエよ。如何した?」


前を見れば縁側で寛いでいた刑部様が視界に入った。
途端、私の涙は堰を切ったように溢れ出す。この時ばかりは、声を失っていてよかったと思う。
鳴き声を聞かれでもしたら、三成はきっと走ってやってくる。

刑部様は私に何も尋ねないで、受け止めてくれた。
その優しさに私は崩れ落ち、彼に縋り付く。よしよしと童にやるように頭を撫でる手は三成よりも高い温度で、なんだか兄様を思い出した。
包帯の下の顔はきっと、心配そうにしているのだろう。

私の周りは本当に優しい人ばかり。
恵まれているのに、救われているのに、どうして。
どうして私は三成を手放そうとしないのだろう。三成は、もう私のものではないのに。


「ナマエよ、そう泣くな。三成に見られでもしたら我の命が危ぶまれる」


顔を上げてくすりと泣きながら笑えば、包帯塗れの指が滴を救ってくれる。


『ごめんなさい』
「やれ、謝ることでもなかろ。してどうした?」


その質問に私は三成が茶の用意をしてくれていたことを思い出す。その旨をなんとか伝えると刑部様は「さようか」と笑い、ふわふわと三成の待つ部屋へと向かう。
しかし少し進むと、刑部様は後ろを振り返った。


「ぬしは顔を洗ってから来やれ。目元が赤らんでおるゆえな、ヒヒッ」


刑部様の言葉に私は目元を指で触れる。
熱を持ち、少し熱くなっていた。
私は急いで井戸場に向かった。水を救い上げ顔を洗えば随分とすっきりとしたような気がした。
ふるふると頭を振り、水を飛ばすと布で軽く拭く。

私は目元の熱が治まると三成と刑部様の待つ部屋へと歩みを進めた。

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