たくさんの人を傷つけたと泣いているのは、太陽のような人。 声を押し殺して俯いた彼を見て、ナマエは胸を締め付けられるような思いになる。家康が俯いている隣に静かに腰を降ろした。
「家康、」
鈴の鳴るように細い声に家康は過剰な反応をする。そしてすぐに無理な笑顔を彼女に向ける。 この男はいつだって笑い、周りに心配をかけまいとする。いつものように明るい声を出そうとし、少し泣きそうに上づっている。
「ど、したんだ?ナマエ、」 「いえ、何もないわ。ただ、」
そう言いながらナマエはそっと人差し指で家康の頬を撫でる。 家康はナマエの、突然の行動に目を丸くさせた。泣き出しそうなのはナマエの方だと言うのに、家康を慰めるような仕種をするのだった。
家康はそんなナマエに「ただ?」とわざとらしく聞き返す。
「家康が心配になっただけなの」
口許を少し緩ませるとナマエは家康に抱きすくめられる。幼い頃から比べると、随分分厚くなった胸板は落ち着きを与えてくれる。 瞼を閉じて抱き締め返せば家康は少しだけ本当の笑みを浮かべた。
「ワシは誰も失いたくなかったんだ。しかしこたびの戦でワシは何人もの部下を……」
苦しげに眉を顰める家康にナマエは頷く。想いを全てを吐き出させようとさせるため、あえて黙り込む。
鼻を啜る音が耳元でした。いつもより近い位置にいる彼はまだまだ若く、経験が浅いのだとなんだか妙に実感させられえる。
「ワシはまだ弱い」 「……うん。でも貴方は生きている」
私を、抱き締めてくれている。そう言うナマエの体温はとても優しい。
自分の腕の中には少し力を込めれば折れてしまいそうなほどに、薄い身体。 それを腕の中に感じることがここまで嬉しいだなんて、誰かを愛するまで分からなかった。
今回の戦で亡くなった者たちにも、大切な者がいたはずだ。家康にとってナマエのような、かけがいのないものが―
「……っぅ…」 「泣いてもいいの。情けなくたっていいの」
その言葉に家康は目に涙を溜めた。しかし恋い慕う女の前でおんおんと泣くことも出来ず、なんとも情けない顔になる。 ナマエは吹き出すように笑うと、自分の羽織りを家康の頭から被せる。
「ナマエ、」 「これで表情は誰にも分からないわ」
ナマエの言葉に家康は泣いた。確かにその顔は笑っていた。
†
翌朝、家康は顔を洗うために井戸にいた。 昨日泣いたせいか頭の奥がじくじくと痛むのを誤魔化すように頭から冷水を浴びる。
「家康、」
家康が振り返れば目を真ん丸くさせたナマエが立っていた。彼女を見るだけで家康は笑顔を浮かべることが出来た。
いつもの太陽のような笑顔を浮かべ家康はナマエに歩み寄った。
「おはようナマエ、」 「お、おはよう。その羽織りについてる袋は何?」
至極不思議そうにナマエは後ろについている袋のようなものを持ち上げた。家康は少しばかり困ったように笑むと「これはフードというものだ」と説明をする。 反芻するようにナマエは「ふうど」と慣れない音を口にする。
しかし一言にフードと言ってもナマエにはそれが何を果たすものかなど分かり得るはずもなかった。 じぃと家康を見つめ何をするものかを無言で尋ねる。
「ん?これはこうやって被るんだぞ」 「槍がそこに引っ掛かっては大変じゃない!」
ナマエは目を見開き家康の被るフードを引っ張る。身長差もあり、どうしても屈むことを強いられるが、それさえも嬉しそうに家康は微笑んだ。
「気をつけるさ。それになんというか……その」
少々照れ臭いと言ったように家康は己の頬を掻き、言葉を濁す。どうにも煮えたぎらない反応にナマエはきょとんとする。
無垢な視線をずっと向けられると弱いようで家康は目を逸らしはにかんだ。
「こうすると、落ち着くんだ」 「………………………へ?」
たっぷり間を置いた割にナマエからはなんとも間の抜けた声が上がった。
家康は彼女がそのような反応をすることを見越していたようで、困ったようにまた笑う。
「……その、こうなったのもお前の影響なんだぞ?」
ナマエはさらに理解出来ないと言った風に首を傾げる。しばらくし、昨日のことを思い出したのか合点がいったような表情を浮かべる。
「…そう。一軍を率いる将が泣いてるとこなんて見せられないものね」 「ああ。ワシは陽となろう。夜をも癒せる陽となろう。だがそれにはまだワシは弱い」
ナマエの手がフードから離れると家康は空を仰ぐ。
「いつかこいつを被らないでいられるほどワシは強くなる」 「うん」
柔らかく微笑む彼女の肩を持つと家康は「だから、」と言う。 唐突に両肩を持たれナマエはきょとんと目をしばたかせる。
そのときワシの隣にいてくれ (言われなくても、側にいるわ)(ほ、本当か!?)(あら、嘘を吐く必要なんてないのだけれど)
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