どうすればいいですか?



「ねえねえ、みょうじさんて風紀委員入ったの?」
「最近あの雲雀さんとよく一緒にいるよねー」
「怖くないの?っていうかもしかして付き合ってる?」

いつものように朝登校した私は自分の席で1限目の教科書やノートを準備していた。そんなときに私の席を囲むようにして集まってくる女の子ズ。今まで一度もこんなことはなかったからいつもの癖で後退りしようとしてガタガタッと椅子の音を立ててしまった。
…ど、うしよう。ほとんどお話したことない子ばっかり。でもまさかこの距離で逃げることはできないわけで。

「…ふ、風紀委員のお仕事を、少し手伝って、ます…」

明らかに挙動不審だったかもしれない。手伝うことになった理由まではちょっと長くなりそうだし、まさか雲雀さんの壺を割ったなんていったらパニックになりそうだから言わないようにした。
「手伝いなんてよくできるねー」「無理だわ怖いもん」「でも近くにいれるのいいなー。怖いけどイケメンじゃん?」と、私のことはそっちのけで話が進んでいく姿にはさすが女の子と、思う。
そろそろ授業開始のチャイムが鳴る。席を離れていたクラスメイト達が自分の席に戻るのと同時に私を囲んでいた女の子たちもそれぞれ戻っていく。

「どうやってあの雲雀さんに媚び売ったの?」

ガタガタと椅子を引く音が聞こえる中でその声だけがクリアに耳に入った。え、と顔を上げた時にはすでに先生が教室に入ってきて生徒たちも自分の席に座っていたため誰に言われたのかはわからない。
ただぼーっとその言葉が頭を占めるだけで、授業開始の挨拶も名前を呼ばれるまで気づけなかった。

"媚びを売っている"か…。私にその気はなくても周りからしたらそんな風に見えてしまっているのだろうか。確かに事情を知らない人たちから見ればそう思わないこともないんだろうけど。…少し、悲しい。
私も雲雀さんはかっこいい人だとは思うけど、あくまでも壺を割ってしまったから謝罪の意味をこめてお手伝いしているわけでそんなやましいことは考えていない。
ましてや媚びを売ったところで何か待遇が良くなるわけでもないのだ。そう思ってもなかなか言い出せない口下手な私では勘違いされていることが多々あるのかもしれないけど。


授業中はそんなことばかり考えていてあまり集中出来なかった。いけない、こんなことを気にしてても意味がないってわかってるのに。
もやもやしながらも昼休みになり、私はこの前と同じように応接室に向かった。今日も書類整理だから前みたいにあの部屋でやるはずだ。
ガチャリと開けてまず目に入ったのは机に向かってサラサラと手を動かして書類に何かを書き込んでいる雲雀さん。
その雲雀さんが顔を上げて私と目が合ったとき、「何その顔」といわれたものだから私は目をぱちくりさせた。

「ご、ごごごめんなさい…、お見苦しい顔を…」
「…そうじゃない。何でそんな辛気臭い顔してるのってこと」

辛気臭い…そんな顔してたかな…?
「何でもないです」と返せばそれ以上踏み込んではこなかった。雲雀さんのこういうところは割と好きだったりする。…"好きだったりする"…?


「…みょうじって意外と表情豊かだね。今度は赤くなってる」

な、なんでこんなこと思っちゃったんだろう…!?おかしい、おかしいよ!?
ボボボッと顔に集中した熱を両手で包み込んでみるがやっぱり熱さは変わらない。お、落ち着かなきゃ。これからまた書類整理しなくちゃいけないんだから。



お仕事を手伝っている最中のこの静かな雰囲気は結構好きだった。会話はなくとも、落ち着いた時間を過ごせるというか。もちろんお仕事は大変だけどこの雰囲気のおかげではかどるから。


「…あの、終わりました、」

今日はこの前に比べて量が少なかったために全部終わらせることができた。私にしては頑張れたのかな、なんて自画自賛してみるがきっと雲雀さんだったらもっと早く終わらせられるんだろうなと苦笑いする。

「ご苦労様。そのままそこに置いておいて」
「はい…あの、まだ少し時間あります、けど…他に手伝えることって、ありますか…?」
「今のところは無いよ。…しいていえばコーヒーが飲みたい」

ポツリとこぼした一言を私は聞き逃さなかった。そういえばここには給湯室がある。なるほど、そうと決まれば。

「や、やります…!」
「君、コーヒー淹れられるの?」
「……!?で、できますよそのくらい…!」

雲雀さんにしては珍しいけど、からかわれたと思ったのでちょっとムキになっていつもより少し大きな声を出してしまった。
ハッとしていけない!と思ったが、そんな私をみてこれまた珍しく雲雀さんの口元が少し緩み、「じゃあお願い」と言ってきたものだから私は驚きを隠せない。
ひ、ひば、雲雀さんが…!わ、笑った…!あの雲雀さんが!あんなに優しそうに笑うところなんて初めてみた…!何故か恥ずかしくなったので私は逃げるように給湯室に向かった。



「…あの、明日はどんなお仕事のお手伝い、すればいいですか…?」

ティーカップにいれたコーヒーをコトリとテーブルに置きながらそんな質問を投げかけた。いつも最後聞きそびれちゃって次の日困ったりするから今聞いておかないと…!

「明日は校舎の見回り。もちろんみょうじにも来てもらうから」
「…いつもの、見回りではないんです…?」
「いつもの?…ああ、草食動物たちのこと?違うよ。校舎に破損がないか、綺麗にされているかとかを調べる」

なるほど…、校舎全体だったら私たち二人でも大変すぎるから、風紀委員総出でやるんだろうな。

「…まあ、群れてるやつらがいたら咬み殺してもいいけど」
「……!だ、だめ、です!絶対だめ!」
「僕がルールだよ。君の意見なんか知らない」
「こ、怖いですし…、に、逃げちゃいます…」

「…逃がさないっていったら?」

少しだけ声のトーンが下がったことでビクリとしてしまったがこれは恐怖からくるものではないと気付いた。その大人な雰囲気に圧倒されてしまい、心拍数が上がるのと同時に声が出なくなってしまったのだ。な、なんでそんな…、ちょっと大人の雰囲気を出してくるんですか…!
その切れ長な目で見られていることに耐えられず、私はぐるぐると目を泳がせていた。

「…君は小動物みたいだね」

ぽつりとこぼしたその呟きに私は自分の耳を疑った。…小動物?

「怯えてすぐに逃げるところ、そっくりだよ」
「……!そ、それ、馬鹿にして、ます…?」

確かに私はかなりの小心者だ。自分の背が低いこともあるけど、例え相手が平均身長だったとしても私からしたらかなり高く見える。そしてそれだけ怖く感じてしまうのだ。高いところから見下ろされるその表情は何よりも怖い。全員がそうではないけど、この身長のせいでそう見えてしまうんだ。だから怖くて、逃げ腰になってしまう。
でも雲雀さんは私の少しムッとした疑問に対して僅かに口元を緩めるだけで何も言ってはくれなかった。…雲雀さん、どうしたんだろう。どうしてこんなにたくさん笑うのかな。
ソレをみるたびに心臓の音がうるさくなる。ああこれは、もう少しで気付きそうなこの気持ちは…。


───
(お願いします、それ以上微笑まないでください。この気持ちに、名が付きそうなのです。)

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