ゆめもどき



ここ最近、女子生徒たちがいつもより騒がしい。でも僕の姿を見るとすぐ逃げる。風紀の仕事があるため追いかけるなんて面倒なことはしないが目障りなことに変わりはない。
そう思い始めてからしばらくしないうちに応接室に珍しい人物が訪ねてきた。
沢田綱吉…一時期彼らに手を貸して未来から元の世界に帰ってきたなんて過去があるが、そんな状況でも相変わらず草食動物っぷりは直らない。
そんな彼が何の用だと疑問に思ったが、口に出したのは最近僕の手伝いをしている彼女の名前だった。"彼女の様子がおかしい"と。

それは僕も気づいていた。ここのところ彼女は手伝いでミスを連発している。致命的なものではないがこの二週間で見てきた彼女にしては珍しかった。そこでああ、と納得する。騒がしいと思っていた女子生徒は彼女のことを噂していたんだ。
応接室に頻繁に出入りする彼女にいい印象を持たなかったのだろう。何故そんな思考が出てくるのかは僕には理解できないが間違いはなさそうだった。


壺を割ってしまったからその詫びをさせて欲しいと頼んできた彼女。正直鬱陶しく思ったが風紀委員が皆忙しくしているのも事実。あらかじめ期間を決めて使えなければすぐ辞めさせればいいと思い気まぐれで承諾した。
彼女は人と話すのが苦手らしく常に怯えていたが仕事に関しては丁寧にしっかりやってくれるタイプのようだった。自分でも言っていたがペースは遅い。そのかわり群れるのが嫌いな僕にとっては静かに作業してくれるだけマシだった。
だがこちらが少し歩み寄れば全力で後退りされる。並中の生徒のほとんどが僕に恐怖しているのは知っているがここまであからさまにされるといくら僕でも気分はよろしくない。
直接手を下したわけでもあるまい、なのにこの対応。ただ、怖がりつつも自分の仕事をやり遂げようとするところは他の生徒たちにも見習って欲しいとは思った。

まるで小動物。怖いものには決して近付かないくせに餌を与えれば喜んでこちらに来る。なんて滑稽な姿だろうか。その後自分の身に何が起こるのか考えもしないのだ。
君はソレによく似ている。あんなに怖がっていたのに今ではどうだ。最初とくらべてだいぶ怖がることは少なくなった。手懐けるには少々時間がかかりそうだが。
気まぐれで飴を渡してみたり、手懐けられた小動物はどんな顔をするのだろうと頭を撫でようとしてみたり…これは結果逃げられたけど。
気になる…僕の興味をくすぐるにはちょうどいい存在だった。



「…見つけた」

天気のいい放課後の屋上で彼女を見つけた。手すりに手を置いて背を向けていたが声をかけた瞬間弾けたようにこちらに振り返った。「どうしてここに」という表情がありありと浮かんでいる。
彼女がどうしてここまで落ち込んでいるのか、うるさくしている女子生徒らを見れば何となく想像はできるが、おそらく自分自身にも負い目のようなものを感じているのだろう。けど僕にとってそんなことはどうでもいい。君たちのような群れの事情なんて理解する気はない。
こんな中途半端な手伝いで並中の風紀を乱してほしくないね。手伝いは終わりとは言ったけど、風紀の仕事をもうしなくていいなんて一言も言っていない。手伝いの期間は終わった。確かにペースは遅いがそのぶん落ち込む前はミスは無かったし丁寧に作業してくれる。よって本格的に仕事をやらせるから。
何を勘違いしているのか知らないけど、「ありがとうございました」なんて言って一方的に仕事を放棄するなんて許さない。

「なまえ、おいで」

君は小動物だ。複雑なことを考えていようが何に負い目を感じていようが僕がこの一言を発すれば君は確実に振り返るんだ。…ほら、手すりから手を離した。
余計な言葉なんて要らない、これだけで十分。もう少しだろうか…いや、まだ足が震えてるね。"餌"が足りないのだろうか。どうすれば懐いてくれるんだろうね。

まるで夢のようだと思うのか。夢にしては僕の考えは少しおかしいような気もするけど。夢なんてそんな生易しいものではない。夢にすらなれない、そんな日がこれから来るはずだから。
これは単なる彼女に対する興味だ。それ以上でもそれ以下でもない。僕がこれをしたら小動物のような彼女はどんな反応をするのか。それが知りたいだけなのだ。
だから簡単に仕事は終わらせない。少なくとも僕が飽きるまで。

「…わ、たし…を、必要としてくれる、んですか…?居ても、いいんですか?」

今までで一番小さく発せられた声だった。そういう発言が出てくるということは、彼女も今まで一人だったんだろう。…沢田綱吉とは仲がいいみたいだけど。あまりいい気はしない。
彼女の言葉には何も返さず、僕は震えているその手をとって歩き出した。後ろにいる彼女は「え、…え?」と驚きながら着いてくるがそんなことは気にしない。
向かうは応接室だ。致命的なミスはなかったが色々面倒な部分が出てきたからね。自分のミスは自分で何とかしてもらわないと。この前応接室で彼女が寝てしまったときにやってた仕事はそのミスによって生まれたものだったのだから。僕が代わりにやったんだからタダで済ませるわけないでしょ。

「あ、あの…どこに?」
「応接室に決まってるでしょ。仕事がまだ残ってるんだから」
「え、?…でも、お手伝いは終わりって…」
「手伝いはね。だから風紀委員、入ってよ」
「……!」

ピタリと彼女の足が止まったので僕も歩くのをやめ振り返る。彼女の丸くて大きな目が見開いて驚きを隠せない様子だ。何をそんなに驚いているのか。僕は別におかしなことは言っていないはずだ。君はペースは遅くとも丁寧にきちんと仕事を終わらせていた。言われたことはしっかりとやっていたし風紀委員になっても問題ないと思ったからこうして誘っているわけなのだ。

掴んでいる手が小刻みに震えた。気がつけば彼女の大きな目から涙が零れていた。
生憎僕は今までたくさんの人間を愛用のトンファーで泣かせてきたために今更、たとえ女子生徒であろうと目の前で泣かれてもとくに焦ったりなどはしない。
だが今回のみならず今までも彼女に対して怖がらせるようなことをした覚えはないというのに、こうやってしょっちゅう泣き出すものだからこればかりはどうしていいのかわからない。
慰めるという行為すらしたことがない僕はいったい何をすればいいのか。結局わからずに小さくため息をつくしかないのだ。

「あ、ご、ごめんなさい…!ちが、うんです…悲しくてじゃなくて…その、嬉しくて…」
「……」
「私、こんな性格、なので…誰の役にもたて、なくて…。でも、!雲雀さんは…っ」

その後は泣きじゃくってしまって正直何を言っているのかはわからなかった。けど前文でなんとなく理解した。
…そうだね、僕のこの興味は君がいないと成り立たないものだからね。君にとっての"必要"と僕にとっての"必要"は少し意味が違うけど。僕のはあくまでも"興味"。結果、風紀委員に入ってくれればそれでいい。

このまま泣いている状態で校舎内に戻るのは気が引ける。仕事は残っているが急ぎのものはもう終わらせているし少しならここにいても問題は無いだろう。…どうしたものか。


小動物はこれからどう変わっていくのだろう。少し慣れてきたとはいえ懐くのは時間がかかりそうだ。でも今彼女は泣いている…嬉し涙らしいけど、彼女の言葉からして安堵したという気持ちも含まれていそうだ。
本当の小動物ならまだしも、人にここまで怒り以外の感情をぶつけられたことは無い。僕の興味はそそられるばかりだ。うん、見ていて面白いね。
ただずっと泣かれていては困る。まだ仕事が残っているのだ。このままここにとどまるわけにはいかない。…この前は失敗したが見よう見まねでやるしかないだろう。そろそろ応接室に戻る時間だ。

未だ泣きじゃくっている彼女の頭にそっと手をのせ軽く撫でてみた。ふわふわした手触りのいい髪が僕の指の間をすり抜けていく。これまた小動物の毛並みとよく似ている気がする。
ビクリとして泣きながら驚いた表情を見せたが、器用なことにそこに少しだけ笑みも追加された。以前は撫でる前に逃げられてしまったが、今回は逃げなかった。

…そう、もう逃げないんだね。

捕まえた。


ゆめもどき
(end.)

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