しおらしくなんて誰が決めた



「……ッ、」

朝からずっとこの状態が続いている。気のせいだと思いたかったがそうもいかないようだ。昨日は仕事もいつもより早く片付いたため就寝時間も早かった、ぐっすり寝た、朝起きたらこれだ。ため息どころか冷や汗が出てくる。

何とか上半身を起こしたものの、その先が駄目だった。耐えるために掴んだシーツはぐしゃぐしゃになってしまったし、皮膚には爪が食い込んでいる。血が滲むのも気にせずに唇を噛む。でも治まらない。
仕事についてはそれなりに仲のいい同僚に体調が悪いと伝えたので問題は無い。けどこのままでは部屋を出ることすらできない。はやく、はやく…。

「なまえー」
「ッ!?」

ノックもせずにガチャりと開けられたドアから入ってきたのはベルさんだった。どうしてここに、もう既に日は登っているというのに今日は休暇なのか?と色々疑問が浮かんだが、突然のことに開いた口が塞がらない。

「オマエ体調悪いって聞いて、」

起きたばかりで電気もついていない、カーテンも開けていない薄暗い部屋の中。その長い前髪でいつもどこを見てるのか全くわからないが、今は確実にこちらを凝視しているのがわかる。

「…は、?それどうしたんだよ」

女性の部屋ということには気にも止めず、遠慮なく入ってくる姿に呆れるが今はそれどころではない。
ベルさんが凝視したもの、それは私の脚だった。ショートパンツタイプのルームウェアを着ているため普段はメイド服とブーツで隠れていた脚が今は露になっている。
私は慌ててぐしゃぐしゃになっていた掛け布団で脚を隠そうとするが、ベルさんに布団を剥がされてしまい、それは叶わなかった。

「なまえが慌てるとかめっずらしー。そんなにヤバイもんなの?」
「布団、返してください」
「やだね。何かおもしろそーじゃん」

ししっと笑うベルさんは本当にこの状況を楽しんでいるようだった。こちらからすれば何も面白くはない。とにかく早くここから出ていってほしい。脚の痛みで普段通りの思考が出来ない今の私にはそれしか考える余裕は無かった。

「これ隠すためにあのロングスカート着てたんだ」
「……」
「つーことは、もしかしてこれ知ってんのオレだけ?」

脂汗が流れるのも気にせず痛みに耐えながらゆっくりと頷く。普段と違う私の様子にさすがにおかしいと思ったのか、三日月のように弧を描いていた口元はだんだんと口角が下がっていく。

「オマエ、相当顔色悪いじゃん」
「……」
「王子は優しいから特別に医療班でも呼んできてやるよ」

ガツンと鈍器で殴られたような衝撃がした気がした。目を見開いて弾けたように背を向けて歩く彼を見る。歩くたびにその金色の髪が揺れていた。
脚が痛い、耐えるために押さえていたところにはくっきりと爪痕がついている。それでも構わない。

ミシリ、と一歩ずつ遠ざかっていくその足音に、痛みを忘れたかのように勢いよく地を蹴ってその背後に迫った。

 BACK 

- ナノ -