その口を縫い付けたい



ガラガラと重い扉をスライドさせると、その部屋を舞うのは埃や砂。マスクをしてきて良かった、この埃臭いのをずっと耐えるのはなかなか難しい。窓という窓を全て全開にして風通しを良くすれば作業ができるようになるだろう。

電気をつけて明るくなった部屋…いや、ここは倉庫というべきか。その中にズラリと並んでいるのは主に剣を中心とした武器。しばらく手入れをしていなかったということで本日の私の担当はここの武器庫の掃除だった。

「……」

非常に空気が悪い。マスクをしていても微妙に埃の臭いがする。消臭剤を数十個置いておきたいぐらいだ。
当たりを見回したところで一つの剣に目が止まる。一応全ての武器もある程度は手入れされているみたいだが、その中でもこの剣だけは普段もよく使われているのか手入れがしっかり行き届いていた。正面に立つと私の姿がはっきりとうつる。刃に指を這わせてみても刃こぼれはない。

だがこんな埃だらけの場所に保管していれば少し放置しただけですぐに使えなくなりそうだ。なかなか使える武器というのも手に入れるのは容易ではない。
今ここにある物も無駄にはできないだろう。そのためにもさっさとここの掃除をしなければならない。

「いつ来てもここは埃臭ぇなあ」

カツンという足音と共に聞こえてきた声。振り向くと、目に入るのは風によって靡く銀色の髪。窓から射し込む光でその長い髪はキラキラと輝いている。
ヴァリアーの幹部、今では作戦隊長でもあるスクアーロさんだ。

「やっとここを掃除してくれんのか、なまえ」

私にちらりと視線を向けるスクアーロさんにコクリと頷く。隊服を着ているところからしてこれから任務へと向かうのだろう。スクアーロさんがこんな埃っぽい武器庫に用事…、もしかしてこの手入れしてある剣は、

「この剣…」
「あ?あーそうだ、オレのだ。他に置いておくところもねーからここに置いてある」

どうやらいつも使用している剣は前の任務で刃に傷がついてしまったらしく修理中だそうだ。なるほど、ここに置いてあるのはそれの代わりというわけか。

「きちんと手入れしているんですね」
「お前、そういうのわかるのかあ?」
「いえ、あくまでもこの武器庫にある他の剣と比べての意見です」
「当たり前だろうがあ。刃こぼれしてちゃ斬れるもんも斬れねーよ」

そういってさっきまで見ていた手入れのされている剣を手に取った。

「今でもあのファミリーが存在していたら良かったんだがなあ」

ボソッと呟く声に私は首を傾げる。その目は遠くを見るような少し悲しげに見えたのは気のせいだろうか。

「あのファミリー…?」
「気になるか?」

ニヤリと嫌な表情をするスクアーロさんに顔をしかめるが、聞こえてしまった以上気になってしまう。

「数年前、アルテという名のファミリーがあったんだ。他のファミリーより少し特殊でそこに所属している連中はほぼ全員が武器職人だった」

アルテファミリー。武器を製造することに特化したファミリーでそこにいた人間は武器職人や武器を研究する人たちで構成されているという特殊なファミリーだった。
そこで造られる武器はマフィア界のトップにも認められるほど上質なものばかりで、アルテファミリーと同盟を結びたがるところは大勢あった。

ボンゴレは同盟を結ぶことは無かったがアルテの武器を買い取ることは何度かあったらしく、スクアーロさんもその縁で使用していたそう。
自分たちで武器を造り、それを使用して任務をこなす。だがアルテは武器製造の依頼が多く戦闘に参戦する機会は少なかったようでそういった意味で腕っ節の強い人間はいなかった。

それでも他のファミリーから襲撃を受けなかったのはそれだけ職人達の腕前がずば抜けていたということ。どのファミリーもアルテが造る武器を欲していたからだろう。
何度かアルテの武器を欲しさにファミリーを乗っ取ろうとする連中も現れたらしいが、そこはもともとアルテと同盟を結んでいたファミリーによって何事もなく終わった。

剣、ナイフ、銃、鎌、どんな武器でも完璧に。そこらへんの武器職人とは比べ物にならないほどの上質なもの。その切れ味に虜になる人間は掃いて捨てるほどいた。

──だが、ある日を境にアルテファミリーは殲滅した。

「まあこの世界じゃ普通にあることだ。やつらは確かに武器を造ることで右に出るものはいなかったが、戦闘力に関しては大したことはなかったからなあ」

深夜、住民が寝静まったころにそれは起こった。他ファミリーの襲撃も考慮に入れいつも通り外に見張りを立たせていたにも関わらず、見張り諸共アルテの人間は殲滅。見張りに正体がバレることもなくその襲撃は終わった。

一つだけ分かったこと、それは襲撃者は剣などの武器は使っていないということ。転がっていた死体にはどれも斬られた跡はなかった。だがそのかわり胸や腹に大穴が空いていたり、顔や腕が潰れていたりと何か大きな力が加えられたような死に方をしていた。
深夜の時間帯ということで目撃者もおらず、アルテの人間は全員殺されてしまったためにこれ以上の情報が出てくることはなかった。

「…だが、不可解なことが浮かび上がった」

殺されたアルテの人間は襲撃から約一週間後に発見されたが、明らかにその襲撃で殺されたものではない人、所々白骨化している部分がある人、一部はいつ殺されたのかもわからない者もいた。腐食しているものが多かったため詳しく調査することは出来なかったが。

ただ共通しているところがひとつ。いつ殺されたのか分からない死体には首から上が無かった。何か鋭利なもので切断されており、その頭部はアジトのどこを探しても見つからなかったのだ。襲撃者は過去にもアルテを襲っていたのか、その証拠も掴めないまま月日は流れていった。


「オレが知ってることはそれぐらいだあ。っつってもほとんどの連中もこれぐらいしか分かってねーと思うがな」

その事件のあとアルテファミリーのアジトは取り壊され今は空き地になっているらしい。元々街から離れた場所に建てられていたがこの事件があってからは誰もそこに寄り付かなくなってしまったそうだ。

「どうしてその話を私に?」
「気になるって顔してたからなあ」
「……」
「まあ幹部にしか知られてねえってわけでもねーからなあ。情報としてこんなことがあったぐらいに思っとけばいい」

さすが作戦隊長というべきか、そんな訳の分からない事件を人に説明できるほど記憶しているなんて。

「…っと、無駄話してる場合じゃねーなあ」

さっき手にした剣を装備すると綺麗な長い髪を靡かせながら身を翻した。

「お気をつけて、スクアーロ隊長」
「お前は隊員じゃねーだろお、いつも通り呼べばいい」
「お気をつけて、ロン毛さん」
「う゛お゛ぉい!普段そうやって呼んでんのかあ!」

くるっと勢いよくこちらに振り向いたが任務までそんなに余裕があるわけではなさそうで一つため息をつくと軽くこちらに手をあげ、そのまま去っていった。


スクアーロさんがいなくなったところで私は武器庫の掃除を再開する。だが頭の中はさっきの話で埋め尽くされ、眉間にシワを寄せていた。

気になる顔をしていただけで作戦隊長ともあろうお方が私のような使用人に何故あそこまで詳しく話す必要があるのか。あの人には何か思い当たる節でもあったのだろうか。

無意識に掃除機を握る手に力を込めた。

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