ちぐはぐなまばたきを笑わないで



帰ってきた私は本来の仕事なんてそっちのけで泥のように眠った。この数日でいろんなことがありすぎて頭の整理がままならない。数年ぶりにシルヴィオと会って、パーティーにいって、ミーアと再会して…そのあとは、何だっけ。

窓からの日差しが眩しくて顔をしかめる。影の中に逃げるように身じろいでうっすらと目を開ければ、キラキラと金色に輝く何かが視界に入る。何、これ…。クッション…いや、違う。サラサラしているような…。

「起きた?」

私が寝ているベッドに頬杖をついてこちらを眺めている金髪の持ち主。頭の上のティアラが陽の光で反射しているため大変眩しい。

「…べる、さん、んぅ…」
「おい、二度寝しようとすんな」

覚醒しきっていない私は呂律が回っておらず情けない声でベルさんを呼べば再び眠気が襲ってきて目を閉じようとする。だがベルさんはそれを許してはくれず、パシッと頭を叩かれてしまった。
この部屋に帰ってきたときにも朝日が登っていた。そして今出ているのも朝日。どうやら丸一日爆睡していたようだ。
使用人は普段から幹部や隊員の部屋、屋敷中の掃除や洗濯、庭の手入れ、調理など家事や雑用は何でもやるが、今回の戦闘ではそもそも使っている部分が全く異なるため、いつも以上に疲労感が増していた。丸一日寝ていたことでだいぶマシにはなっているとは思うが、それでも眠気は中々消えてくれないのだ。

「…何故この部屋にいるんですか」

そうだ、それよりもそこだ。ここは私の部屋だ。ノックをされた記憶はない。まあこの人はただの使用人の私なんかにそんな配慮はしないとは思うが。

「スクアーロに呼ばれてんだよ。なまえも」
「…私、も?」

スクアーロさんが私に何の用事だろうか。一瞬疑問に思ったがもしかしたらシルヴィオや乗り込んだときのことを聞きたいのかもしれないということで納得する。
ベルさんと会話をしている間に段々と目が覚めてきた私はゆっくりとベッドから脚を下ろす。いつも寝るときに履いているショートパンツタイプのルームウェアから覗く脚。毎日のように痛みに耐えていたあの痣も今となっては跡形もなく消え去っている。そうだ、もう無いんだ。私はこの脚でいつまでも歩くことができるんだ。
ベッドに腰をかけたまま軽く床をふみふみと足踏みしてみる。やっぱり痛くない。
ふわっとしたあたたかい何かが自分の中に流れ込んでくるような感じがした。悪いものではないが何だかとてもくすぐったい。

「…ふーん?」
「何ですか?」

足元を見ていた私はベルさんの視線に気付き、顔を上げるとおそらく私を凝視しているであろうその顔と向き合う。何がそんなに面白いのか、ニヤニヤと歯を剥き出しにしているその表情に私は怪訝な表情を浮かべた。

「なまえのその顔初めて見た」
「……?」

どの顔のことを言っているんだろうか。寝起きでだらしのない顔のことか。寝顔や寝起きを見られて恥ずかしがる私ではないけど、全くわからない私は首を傾げると「ししっ」と笑ったベルさんがゆっくりと口を開く。

「結構可愛いじゃん、笑った顔」

私はまだ夢を見ているのかもしれない。何年もこの痛む脚を動かし続けてきたからきっとおかしくなってしまったんだ。だって今、幻聴がするもの。
ベルさんの言葉が頭の中でループする。ああ、嘘だ。ありえない。理解出来ない。そもそも私は今笑ったのかすら記憶にない。笑顔になることがないわけではないものの、そんな場面にほとんど出くわさないために人より笑うことは少ないだろう。そんな私が今、笑った…?どの辺で笑った?

「…お前さ、王子が珍しく褒めてんのに顔真っ青にするって失礼じゃね?」

口元をへの字に曲げるベルさんに私はきゅっと真一文字に口を閉じる。今自分が何を言われて何が起きているのか、朝っぱらから追いつかない状況ばかりで焦りと困惑で埋め尽くされる。
「普通ここは赤くなるとこだろ」とベルさんに言われるが、何故顔を赤らめなければならないのか私には理解出来なかった。

「まあいいや。とにかくさっさと着替えろよ」

そういってベルさんは手をひらひらさせるとドアへと向かっていく…かと思いきや、私の寝ていたベッドに腰をかけた。

「…何してるんですか」
「お前待ち」
「着替えたいのですが」
「着替えれば?」

随分前からわかっていた。この王子様は本当に利己主義なため何を言っても無駄なのだ。一応男女という性別があるので今までもこういうときは何とか回避していたけど、こう何度も同じようなやり取りがあるとさすがに面倒だ。さっきも言ったが私はこういうことであまり恥ずかしがる人ではない。
諦めた私は小さくため息を零すと、クローゼットにしまってある下着類や衣服を取り出してそれをベッドの上に置く。そして着替えるために今着ているルームウェアを脱いで、

「バッカお前…!本当に着替えんな!」

服を脱ぎ出した私はベッドの上の掛け布団を頭の上から被せられる。突然視界が真っ暗になったことに驚いているとドアの方へと向かう足音が聞こえた。

「…部屋の外にいるからさっさと着替えろよ。三分で出てこなかったらサボテンにすっからな」

バタン!と大きな音を立てて閉められたドア。騒がしかった自分の部屋が一気に静寂を取り戻したことに小さく息を吐く。よくわからないが、やっと静かになったとホッとした私はまたのそのそと着替え始めるのだ。

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