生き汚く吠えてみせろ



ミーアの体内にあるチップは純度の高い晴属性の炎を保ち、身体はその炎を蓄えることが出来る。それのおかげで彼女の身体は怪我を負っても回復する。そのチップは一度投与された薬で私のように痣が出来たり腐食してしまった身体も治せるように改良してあるらしい。
あまりにも薬で耐えられない人間が続出したために代わりにその媒体となる身体とチップを造った。ミーアの本来の身体が腕だけ残ったのは、すんでのところでチップを埋め込み腕だけは免れたから。

それを聞いて私は小さく息をこぼす。どう足掻いてもミーアを倒す以外の選択肢は用意されていなかった。私を見据える彼女の目に、果たして私の姿がうつっているのだろうか。こうやって友人と対峙するというのは少し妙な気持ちになる。

だんだんと脚の感覚が無くなってきた。それは脚が痛み出すサインでもある。今日はいつもよりそのタイミングが遅いのが救いだが少しでも気を緩めてしまったら、"持っていかれる"。

「スピードが落ちてますね。そろそろでしょうか?」
「…うるさい」

シルヴィオに指摘されて眉を顰める。何でもお見通しか。まあもともとこの男がつくった薬なんだから私の脚の状態を把握してて当然か。そう考えていると一歩一歩踏み出す脚がズキリと痛み始める。とうとう、来た。

「……ッ!」

足元に気を取られていた私は背後に迫るミーアに気付くのが遅れた。折れた剣を捨て、二本目を手にしたミーアは迷わずこちらに狙いを定める。咄嗟に体勢を低くして地面に転がり込むようにして避けようとしたが、直撃は免れたものの背中が真一文字に斬り裂かれた。
その痛みに声を上げる暇もなく第二波。今度は剣ではなく、幼い顔には似合わない長いスラリとした脚がたった今傷を負った背中に直撃すると、私の身体は簡単に壁まで吹き飛ばされる。

「……ッあっぶね、!」

吹き飛ばされた先はちょうどベルさんがいる場所。咄嗟に私の身体が飛んできたのに気付いて間一髪避けてくれた。その反射神経にさすが暗殺部隊の幹部だと称賛する。

「なまえ、もしかして手こずってんの?」

壁に激突して全身を打ち付け地面に転がった私に容赦なくキツイ言葉を投げかけるベルさん。背中と脚の痛みに視界が霞んできたが、なんとか目を凝らしてその表情を伺うと、いつものおもちゃを見つけたような楽しそうな顔ではなく少々つまらなそうにしている。
何故、と思い辺りを見回すと地面に転がる他のアルテの研究員たち。…こんなに、あっさり。

「さすがですね、ヴァリアーの強さは本物らしい。試作品では歯が立たない」

ミーア以外の人たちの身体とチップはまだ試作品段階。それぞれが改良中のため個人差は出るが、ミーアほど攻撃力や回復力は高くないものらしい。

「だろうなあ、動きは悪くねぇが雑魚には変わりねぇ」

スクアーロさんたちは実力の半分も出していないというところだろうか。試作品とはいえこの倒された人たちにも増強薬が投与されているのだからそれなりの攻撃力と回復力はあるはずだ。それでも歯が立たないほどの幹部の個々の強さ。私はとんでもない人たちのところで働いているようだと改めて冷や汗が出る。
ギラギラと青白く光るスクアーロさんの剣はまだ斬り足りないとでもいうかのようにその輝きを失ってはいなかった。剣にまだ僅かに付着している血を見て造られた身体からも出血はするのかと思ったがそうではない。
そこら中に転がった研究員の首を含め、その身体は原型をとどめておらずズタズタに斬り刻まれていた。首は生身のため既に息はなくとも僅かに血は残っていたのだろう。これだけの人数を斬れば流れる血も多い。
地面を見ればそこは赤色で塗りつぶされていた。吐き気を催すような血の臭いに顔をしかめる。昔からの知人の二度目の死…、見ていて気分のいいものではない。でも、"どうして"、"なんで"、"助けたかった"、そんな甘いことがいえる世界ではないのだ。相手に主導権を握らせてはならない。

「ししっ、なあなまえ。この女、王子が殺っていい?」

数本構えたナイフを口元に持っていき、先程とは打って変わって楽しそうに歯を覗かせる。スクアーロさん同様、生々しいほどに大量の返り血を浴びているにも関わらず、血に飢えた獣のようにチロリと真っ赤な舌が自らの唇を舐めとった。
そんなベルさんに何故か"気品"というここでは似ても似つかない表現がとてもしっくりきてしまった。いよいよ私は痛みで頭がおかしくなってしまったか。

「駄目…です。彼女は、私の…ですので、」
「もうボロボロじゃん。その脚で戦えんじゃなかったっけ?」
「戦え…ます」

ゼェゼェと息を吐きながら視線をベルさんからミーアへと向ける。私はあくまでも使用人。暗殺部隊の任務を手伝ったこともなければ誰かに稽古をつけてもらったこともない。ただこの脚力だけが無意味に強くなってしまったので感覚で動かして攻撃を食らわせるだけ。戦略なんて最初から無い。つまり私は戦闘においては完全にド素人なのだ。現に何度も背後をとられている。
手際も良くない。ベルさんたちからしたら何を生温いことをやっているんだと笑われてもおかしくないだろう。それぐらい今の私は酷く無様。それでも、この子は、ミーアだけは…。

「ぁぐ…ッ」

一歩踏み出したと同時。膝から崩れ落ちる自分の脚に喉が潰されたような声が漏れた。

痛い。
痛い、痛い痛い、
痛い。
脚が焼かれているような痛みが走り、汚れるのも気にせず頭を地面に擦り付けるようにしながらそれに耐える。こんなときに、なんでこのタイミングで。ある程度予想してはいたものの、何度体験しても慣れるものではない尋常じゃない痛み。痛いのか、熱いのか、冷たいのか、それすらもわからないほど脚の限界が訪れていた。

「おい、なまえ!」

ベルさんが慌てたように名前を呼んでくれるがそれに応える余裕が今の私には無い。ただ痛みに耐えるように焼けるような脚を爪が食い込むのも気にせずに手で押さえつけるだけ。脂汗が顔の周りを伝おうと、私は痛む脚に鞭を打つように立ち上がる。歯を食いしばっていないと、意識まで持っていかれそうになる。ここまで進行してしまったんだ。

「どうして人は弱いんですかね。武器ならいくらでも強くできるのに」

まるで私を嘲笑うかのようなシルヴィオの声が脳内に響き渡る。ああ、そうだ。私は弱い。ただの子供だったはずなのに突然欲しくもない驚異的な力を与えられてそれに振り回されるだけの人間だ。

「優れた武器をつくりだせてもこれじゃあ意味が無い。現にあの日だって…何も守れてないじゃないですか」

シルヴィオが何かボソリと言ってる間にミーアがこちらへと向かって来る。その剣を振り下ろせば私がたった今いた地面が見事に真っ二つ。何とか避けることは出来たけど、まともに脚に体重を乗せることの出来ない私の身体はゴロゴロと地面を転がる。そのまま仰向けになり目を開けば目の前まで迫っていたキラリと光るその切っ先。

──…避けろ!

脳に司令が行き届く前に私は身体ごと横へ逃げる。髪の毛に刺さったことで数本ブチブチッと切れたのがわかった。顔のすぐ横にあるソレはゆっくりと引き抜かれる。矛先は私の喉。

「僕がやっていることはやはり間違っているんでしょうか」

嗚呼、壊される。

「でも、頑張ったんです、僕」

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