忘れ葬



ザシュッと肉が斬り裂かれる音に自然と口元が緩む。普通なら耳を塞ぎたくなるような気持ちの悪い音なのかもしんねーけど、オレはその"普通"には当てはまらない。ひとり、またひとりと真っ赤な鮮血が噴き出してはバタバタと倒れていく。

「ベル、そのへんにしとけ」

剣にこびりついた血を払うスクアーロの言葉にオレはナイフを持つ手を止めた。気付けばいつの間にかオレら以外に立っている人間はいなかった。なんだ、もー終わり?

「呆気ねーの」
「…お前はもう少し加減すると思ってたんだがなあ」
「はぁ?何で」
「コイツらはなまえの昔馴染みなんだろ。やりづらくねーのかあ?」

そういえばそうだっけ、と今更ながらに気付く。なまえの母親はアルテの研究員でなまえ自身もガキの頃から手伝いしてたっつってたな。
けど、だから何だ?とオレは思った。ここに来ると決めた時点でこうなることはなまえだってわかってるはずだろ。現にアイツは今かつての友人とやらと対峙してる。やりづらいと思うのはなまえの方であってオレじゃねぇ。オレはただ自分を殺そうとしてくるやつらを殺ってるだけ。オレが首を横に振れば、短く「そうか」とだけ返ってきた。

「そういやスクアーロ、なまえのこと気付いてたってマジ?」

なまえの話になったところでついでのようにオレはスクアーロに質問した。けど、何のことだというような顔をされたために以前なまえが言っていた話をする。武器庫の掃除をしてたときにスクアーロからアルテ殲滅の話を聞いたこと。ただの使用人になんでそんな話をしてくれたのか、なまえは疑問だったとチョロっと聞いたことがある。

「気付いてたわけじゃねえ。他の使用人と違って肝が座ってんなと思ったのと、アルテの話を匂わした瞬間、目が泳いでたからなあ」

それで何かあるなと思ったっつーことか。なまえはかなり無愛想だし顔色を伺うには中々手強いやつだ。でもスクアーロには関係ないんだろう。乱暴のようにもみえる戦い方をしてるくせにこういう細かいところにも気付くあたりがさすが隊長というべきか。いや、オレからしたらそんな小さいところまで見られてるってことがそもそも普通に気持ち悪ィわ。

「…テメェ、今失礼なこと考えたろ」

ほらな?


会話が終わり、雑魚も殺り終えたところでどうしようかと考えていると「ベル」とまたスクアーロから名前を呼ばれたためにそちらに振り向いた。

「今度は何だよ」
「…もう一つ、部屋がある」

静かに告げたスクアーロの後ろから顔を覗かせれば、確かに奥の壁際にあるのはひとつの扉。なまえたちはこっちには気付いてねーし、あのシルヴィオとかいう男からも死角になってるからこっちが何をしてるかなんてわからないだろう。
キィィと錆び付いた音をさせながら扉を開けると、こちらも今いる場所と変わらないくらい荒れ放題。散乱しているのは何かの薬の類が多かった。壁の棚には埃まみれの本やファイル、そして恐らくまだ制作途中である試験管に入れられた緑色の薬品らしきものが並べられていた。

「こっちの部屋は保管庫ってところだな」

保管庫にしては管理が甘すぎな気もするが、そもそもこの研究所自体が今まで見つかってなかったんだし、と納得した。歩くとガラスの破片が靴の裏に刺さってザクザクという音を鳴らす。脚の踏み場がないほどの荒れ具合に若干眉を顰めた。もう一歩踏み出し地面からジャリッとしたガラスの音を聞いたとき、オレはふと顔を上げてソレを見つけた。

武器だ。
奥の壁のガラスケースに立てかけられていたのは数本の剣。短剣やレイピアのような細身のもの、鎌やランス、斧、銃…と、その種類は様々。さっき殺したアルテの研究員たちが持っていたのもここから持ち出したものなのか、ここにある武器はまわりの荒れ具合とくらべてしっかり手入れが行き届いている。

「すっ、げ…」

驚いてため息が零れるなんて体験、今までにしただろうか。あのアルテが造った武器が自分の目の前に、手の届く位置にある。ぶわりと込み上げる熱いものは興奮か、欲か、血か。この武器を一刻も早く使ってみたい。ゾクゾクと背中を駆け上がる何かに口元が弧を描いた。
が、アルテの研究員はすでに全員殺ってしまったし、残るはなまえと対峙しているあの女のみ。オレがやっていいなら殺りてーけど。後ろにいたシルヴィオっつー男は今回の首謀者。どーせこの後今回のことについて上と話すんだろうし、ここでオレがあの男を殺ったら間違いなく王子の首が飛ぶ。…なーんだ、遊べねーじゃん。

「何つまんなそうな顔してんだ」
「つまんねーよ、もう終わっちゃったし」
「なまえはまだだろ。んな事言ってっと罰当たんぞお」

そういうスクアーロだってこの剣見てから嬉しそうな…いや、凶悪な顔してんじゃん。
けど一通りこの部屋をみたけどこの武器以外にめぼしいものは特に見当たらなかった。研究員がまだどこかに潜んでいる可能性も考えたがそんなことは無さそうだ。
となればもうこの部屋に用はない。ガラスケースの武器については全てが終わったときにでも待機してる隊員やら本部の連中が回収しに来んだろ。そう思って武器から視線を外し、またザクザクと地面に散らばるガラスを踏みつけながら出口へと向かう。

「……?」

そんなときに見つけた地面に落ちている一冊のノート。随分時間がたっているのか表紙も中身もボロボロで完全に色褪せてしまっている。何これ…日記か?
開いてめくってみるとそれはやっぱり日記のようで、ミミズみたいな汚ねぇ字が並んでいた。パラパラと流し読みしてたところで「おい。何やってやがる、行くぞお」とスクアーロに急かされてしまったため、ノートを閉じて壁側にある本棚の中にしまった。


さて、今なまえはどんな感じだろうか。さっきチラッと見た限りではあんまりうまくはいってなさそうだった。つーか当たり前だけど動きがド素人すぎて見てるこっちがハラハラするわ。
そんなことを考えながら保管庫を出たとこで突然視界に入ってきた黒い"何か"。

「……ッあっぶね、!」

間一髪のところでその"何か"を避ける。アルテの武器を見つけたことで良くも悪くも少し気が緩んでいたせいで反応が遅れたが、とりあえず巻き込まれることはなかった。もう少し遅ければオレごと壁に激突していただろう。「罰当たったんじゃねーかあ?」というスクアーロの言葉にオレは頬をひくつかせた。

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