あなたを貫く刃になるのか



どうなっているんだ。まず疑問に思ったのがこれ。ゼェゼェと肩で息をする私は既に体力が無くなってきているというのに、目の前に佇むミーアは息切れひとつしていない。
走り出した勢いを殺さずに私に向けてくるその切っ先を躱してミーアの懐に飛び込み腹に蹴りをかます。体力の消耗で威力が落ちてしまっているがそれでも彼女は地面を抉りながら後ろに吹き飛ぶ。でもその表情が歪むことは無かった。
よく見るとその身体には傷が一切ついていない。そのかわり、顔や剣を持つ右腕だけは今までの攻撃によってできた傷が生々しく刻まれていた。
さっき自分の頭に浮かんだ嫌な推測が再び浮上する。そうでなければいいのにと戦いながら何度願ったことか。

「よく出来ていると思いません?」

自分で結論を出すその前にシルヴィオの声に現実に引き戻される。この男はミーアを"試運転する"と言っていた。あの地下牢に入れらていた時点で彼女も私と同じくその餌食になってしまったんだろう。でも、私とは明らかに状況が違う。

「…どういう意味?」
「薄々気づいているのでは?」

眉間に皺を寄せながら聞き返せばクスリと小さく笑われる。かつてのアルテで見つかった頭部の無い人間、傷が付かないミーアの身体、反対に傷付いたままの顔と右腕。そしてシルヴィオが灯す炎の属性は、晴。

「彼女…ミーアの身体は僕が造ったんです。頭と右腕以外は、ね」

晴の炎の特徴は"活性"。ミーアの身体が傷付かないように見えるのはものすごい勢いで細胞を生み出す治癒能力があるから。それを可能にしているのがシルヴィオが造ったといっているその身体。

「これを見てください」

そう言って見せてきたシルヴィオの手の中にあったのは、だいたい親指の爪くらいの大きさの黒いチップのようなもの。僅かにだがそれには晴の炎が灯されている。

「このチップは僕の晴の炎をより純度の高いものにすることができます」

ミーアの身体にはそのチップが埋め込まれている。造られた身体はその炎を蓄える働きを持っているらしく、使わないときは蓄え、傷が出来た時のみ蓄えた分を一気に放出する。だから傷つかないように見えるのか。

「けど、傷が治るのはあくまでも僕が造った身体の部分のみ。死体に炎をかざしても意味はありませんからね」

アルテで見つかった腐食した人間、白骨化した人間…それはこの男が投与した薬に耐えられなかった者たちなんだ。薬の効果は個人差があるためにそのような結果になってしまった。そしてここにいる人たちとミーアの場合は、

「彼女は頭部と右腕だけは無事でしたので使わせていただきました。今戦っている彼らも頭部のみ腐食を免れたので拝借しましてね」

ミーアの顔が昔と変わらない幼いままの理由、そしてその身体とのアンバランスさ。今ベルさんたちと向き合っているかつてのアルテの人たちの顔も老け込むどころかあのころと全く変わらない様子。
この場所で、私だけが時間の流れに逆らわず成長している。この空間だけはずっとあのころから何一つ変わっていない、時が止まった状態なんだ。

「貴女に全てを壊されなくてすみました。貴女に薬を投与してから暴れ出すまでの間にミーアを含めた数人は別の場所に移動していましたから」

傷が治るミーア、その後ろで不敵に笑うシルヴィオ、周りでベルさんたちが別のアルテの人間と交戦している中、私はゆっくりと視線を足元に落とす。
私はここへ何をしにきた?売られた喧嘩を買っただけか、この男への復讐か、それともミーアを助けるためか。いや、どれも違う。私がここへ来たのは──…、


ミーアの体内にそのチップがあるというのなら、それごと破壊しなければミーアは止まらないだろう。それがどこにあるかなんて教えてはくれないだろうが、今のミーアにとってそれが生命線であるというのなら、埋め込まれている場所はただひとつ。

「ミーアは君のご友人なのでしょう?出来るんですか?出来ないですよね?」

勢いよく地面を蹴りあげミーア目掛けて脚を振り下ろす。さっきと同じように剣で防がれるが何度も同じ箇所に衝撃を与えたためにその剣はその箇所からピシリと亀裂が入る。さらに脚に力を込めれば剣は真っ二つに折れ、その破片がミーアの顔を掠め一筋の傷をつくる。完全に振り下ろされた脚はその衝撃で地面を大きく抉り取り、見事な大穴を空けた。
僅かに目を見開くシルヴィオと、光の灯らないミーアの視線がこちらに集まるのがわかった。

この男の言う通りミーアは私にとってたった一人の友人。でも私はヴァリアー所属の使用人。もう昔の関係とは違う。私だけが進んでしまった時間。その中で何とかするしか道がないのなら。

「私は、出来る」

ゆっくりとミーアを見据える。私の目的は自分の脚を治すこと。それだけだ。

 BACK 

- ナノ -