ぼくの手は冷たくて



アルテ。それがぼくを拾ってくれた女の人…志鶴(しずる)さんがいるファミリーの名前だった。
武器を製造するのが専門で他と比べると珍しいファミリーではあるらしいけど、ここで造られる武器はどこの物と比べても遥かに技術が発展していて、購入者は数多くいる。そんなファミリーに、ぼくは拾われたんだ。
マフィアと聞いていい印象はない。ぼくでは想像もできないような汚い仕事をしている、そんなイメージがあった。でも、志鶴さんは…ここの人たちは…。



「シルヴィオー、悪いんだけど向こうの部屋から包帯持ってきてくれ!」
「あ、はーい!」

武器をつくっている大人達の近くでその光景を見ていると、一人の人から頼まれごとをされ急いで隣の部屋へ向かう。包帯、包帯…もしかして怪我かな?
一応包帯を持ってきたけど怪我ならぼくがすぐに治せる。ここの人はみんな、ぼくの炎を見ても怖がらない。それどころか同じく炎を灯せる人が何人かいたんだ。
その色は黄色だけではなく、赤や青、紫、緑とまるで虹を連想させるようなカラフルな色が揃っていた。黄色い炎を灯せるのはぼくだけだったけど、同じ力を持っていることに仲間意識を感じていた。

「怪我したの?ぼく治すよ?」

包帯を手にした手とは逆の方をかざそうとすると、首を横に振ってそれを制した。

「大丈夫だ、こんくらいすぐ治る」
「でも、」
「怪我するたびに子供のお前に頼りっぱなしじゃオレが格好つかないだろ?だから、包帯のほうをくれるか?」

歯を見せながらニカッと笑ったので、ぼくは少し驚きながらもその手に包帯を渡した。

「シルヴィオは優しいなあ!」

くしゃくしゃになるくらいぼくの頭を撫でる。ちょっと痛いけど、でもその温もりがとても嬉しい。
作業に集中しているときはなかなか声をかけられないけど、それでも終わったあとはいっぱいお話してくれる。これがマフィアだなんて忘れてしまうくらいに、みんないい人ばかりで、優しくて。

たまに、優しかったときのお母さんと重なって泣きたくなるときもあった。昔のお母さんはこんなふうに毎日笑ってくれていた。大好きな、大好きなお母さん。お母さんの代わりになる人なんていないけど、そうやってぼくが落ち込んでいるときは、志鶴さんがずっとそばにいてくれた。…ちょっぴり、お母さんと重ねた。
マフィアにもこんなにいい場所があるんだと実感した。イメージだけで決めつけるのは良くないんだと、子供ながらに学んだことでもあった。そしていつの間にか、ぼくはここが大好きになっていた。



「シルヴィオ、おいで。新しいお友達を紹介するわ!」

あるとき、いつものようにみんなのお手伝いをしていたところ、研究室に入ってきた志鶴さんがぼくを呼んだ。そっちに振り向くと志鶴さんの隣にはぼくよりいくつか幼い女の子が立っていた。

「おお、なまえ!久しぶりだな!」
「なまえ、随分大きくなったなあ」

仕事をしていた研究員のみんなは一旦手を止めると嬉しそうな顔をしながらその女の子のところへ向かっていく。なまえと呼ばれたその女の子はぼくより年下なのにとくに笑うこともなく、ただ眠そうに大きな欠伸をしていた。
知らない子だ、少なくともぼくはこの研究所では見たことがない。その光景にきょとんと首をかしげていると、目が合った志鶴さんはぼくにニコリと笑いかける。

「私の娘のなまえよ。この子とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

その曇りのない笑顔が、嬉しそうな声が、周りの楽しそうな雰囲気が、ぼくの心の中にストンと堕ちた。瞬きが出来ずに目が乾く。半開きになった口からは鉄の匂いがする空気が入り込み喉がイガイガする。

「シルヴィオならすぐに仲良くなれるさ。ちょっと無愛想な子だけど、怒ってるわけじゃないからな」
「なまえもここにはよく遊びに来てるんだ。手伝ってくれたりもするしな。二人とも頼りにしてるぜ!」

みんなが代わる代わるにぼくの頭をくしゃくしゃっと撫でてくる。せっかく志鶴さんがとかしてくれた髪が寝癖のようにあちこちはねてしまったけど、そんなことはどうでもよかった。

そっか、志鶴さんの子…。

ぼくは少しおかしいのかもしれない。新しいお友達が出来る。ここにいる人達はみんな大人だから歳の近い人はいなかった。前にいた友達もぼくの炎をみてからはぼくを避けるようになっちゃったから久しぶりの友達だった。だから、普通は嬉しいはずなのに。

「さ、そろそろ仕事を再開しましょ!なまえも手伝ってね」

軽くポンと肩に手を置かれたその子は小さく頷くと、こちらに向かって一歩ずつ進む。ぼくは目が離せなかった。何をされたわけでもないのに呼吸ができない。それでも構わずその女の子は少しずつ歩いてくる。

ぼくたちはすれ違った。ぼくより少し背が小さかった。軽く頭を下げてきた。ぼくは動けなかった。
楽しそうな笑い声がどこか遠くの方で聞こえる。その子は仕事で使う道具を運んではみんなに渡していた。あの小さな身体で一生懸命みんなの手伝いをしている。
みんなは嬉しそうな顔でその子の頭を優しくなでている。志鶴さんも今まで見たことのないような優しい顔をしてその光景を見ていた。

「ほーら、シルヴィオも手伝って!」

志鶴さんがぼくに笑いかけてくれた。毎日見ているいつもの笑顔だった。

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