踊り出す夜



「脱ぎたい」
「はあ?突然何言ってやがる」

正装で参加しなければならないこのパーティではもちろん、かっちりとしたスーツが適用される。王子はいつも首元はゆったりめな服が多いからスーツの襟が苦しい、つーか邪魔。ボタンのひとつくらい開けてもよくね?と第一ボタンに手をかけたところでピシャリとスクアーロから一喝。オマエは教師かよ。

とある屋敷で開かれたパーティー。パーティーの種類にもいろいろあるけど、基本は今後の取り引きなどをしやすくするための顔合わせ、情報収集がほとんど。
今回もそれを目的としたやつらはいるかもしんねーけど、目玉はそこじゃない。立食形式になっているテーブルの料理を横目で見つつ小さくため息をついた。

「で、いつ始まんの?オークション」
「何だ、お前も興味あんのか」

そりゃあ、ねえ?アルテが製造した武器のオークションだぜ?興味わかないわけねーじゃん。その武器使って殺れると思うと笑いが止まんねー。ナイフもあんのかな?

それにしても、と当たりを見回す。やけに人が多い。まあそりゃあそうか、アルテの武器っつったらマフィア界じゃ有名だもんな。
そのアルテも潰された今、あれほどの武器を製造できるところなんてほとんどない。だからこそその武器が商品として出されるオークションが開かれると聞いちゃ、来ないわけがない。王子もそのひとりだし。

スクアーロもそうだ。この前の手紙を見てから気持ち悪いくらいに機嫌がいい。武器庫にあるものはとりあえず間に合わせで使ってるだけで、斬れるけど質のいいものじゃない。
よっぽどランクの高い任務じゃない限りそれでヘマするなんてことはねーけど、殺るならやっぱいい武器でやりたい。こんなところだろう、それはオレも同じだった。

「マーモンもくれば良かったのに」
「アイツは来ねえだろ、買うより売る派だからなあ」

まあ確かに。大金使って買ったものを売るなんて無駄なことしねーか。

「…にしても妙なとこがいくつかあるな」

神妙な顔をして呟くスクアーロに何がと問いかければ、先日の黒い手紙のことらしい。

「何でこのパーティーの主催者はオークションなんて開いたんだろうなあ。しかもアルテの武器なんて貴重なモン」
「金が無かったんじゃねーの?」
「ならパーティーなんて開けねえだろ」

そりゃあそうだ。

「それにオークションが開けるほどの量を持ってるっつーのも引っかかる。そんなやつら見たことがねーし、何で今になって売り飛ばすんだ」

そもそもあの黒い手紙がポストに入ってたっつーことはオレらがヴァリアーだって知ってて入れてるってことだ。まさかあんな怪しい手紙をそこら中に配ってるわけねーし。
そうするとこのパーティーの主催者は相当オークションに自信があるのか、オレらが来ても問題ねーくらい実力があるのか。けどオレもそんなアルテの武器を大量に所持しているファミリーなんて聞いたことがない。今まで使用してなかっただけだとしても、隠してた理由は何だ?

いや、ダメだ。王子はこういう考えるの向いてないし面倒くさい。つーかそんな疑問あんのにここに来たのかよ。オレも人のこと言えないけど。

「まだ始まんねーならそこらへん歩いてこっかなー」
「あんま遠くに行くんじゃねーぞお」
「ガキ扱いすんな」



一人になったところでとくに何かするわけでもなかった。料理に興味はねーし、そこらへんのファミリーの奴らと話すこともない。今回の目玉が始まるまで何して時間潰そうか。
…久しぶりに遊ぶか。最近は睡眠優先だったからほとんど遊んでいない。スクアーロに真面目とか言われたくらいだ。

ぐるりと周囲を見渡したところである一点に目が止まる。背中を大胆に露出した黒のロングドレスで、黒髪を綺麗にまとめあげている女。料理には目もくれず、誰かと会話している様子もない。
その女が動く度に耳元で揺れる小さな飾りの付いたピアスがシャンデリアの光によってキラリと光るのが眩しい。周りにはそれぞれドレスやらアクセサリーで着飾った女が大勢いる中で、その女はカラスのように真っ黒でとても地味だった。でも見覚えがある。…あれは、なまえ?

いやまさか。何で使用人のアイツがこんなところにいるんだ。人違いだきっと。勘違いをかき消すかのように首を横に振ってみるが、再びそちらに目を向けてしまうことでそれは確信に変わっていった。

やっぱり、なまえだよな?普段の衣服とはまた違った印象に間違えそうになるのも無理はないが、あの横顔は…。幸いこっちには気付いていない。王子はヴァリアーの幹部だぜ?こういうことは専門職だ。

なまえらしき女がこちらに背を向けたところでこちらも動き出す。一歩一歩、暗い闇の中に自ら足を進めているようなこの感じ。戻れない、そんなことはとうの昔から知っている。オレは無意識に口角が上がり、舌先でチロリと唇を舐めた。

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