20


骸さんとの戦いが終わってから二日がたった。あのあと、憑依されていた黒曜生の人から自分たちの地獄のような過去を聞き、三人は"復讐者(ヴィンディチェ)"というマフィア界の掟の番人に連れていかれてしまった。そして綱吉くんたち全員も治療のため運ばれた。
私は綱吉くんたちや万年筆のおかげでどこも怪我はしていないので医療班の人たちのお世話になることは無かったけど、精神的には疲労していたために家に戻って休むことにした。



そして今日は学校が休みなためにみんなのお見舞いに来ている。さすがボンゴレ所属のというべきか、とてつもなく病院が広い。
リボーンくんに言われたことだけど獄寺くんたちの怪我は酷く、しばらくは絶対安静の状態であるため、お見舞いに行くことは叶わなかった。もう少ししたらお見舞い品を持って会いに行こうかと思う。
綱吉くんは怪我もあるけど、ほとんどが筋肉痛によるものらしいので一応起きて話すことはできるみたいだ。ということで今日は綱吉くんのお見舞いにきている。

「綱吉くん、こんにちは」
「あ、亜衣。…えっと、いらっしゃい?」

なんて迎えたらいいのかわからず首をかしげる綱吉くんは、一昨日骸さんと壮絶なバトルを繰り広げた人物と同じ人には見えない。

「身体、大丈夫?」
「うーん、ご飯食べるのに苦労してる…」

「腕が上がらなくて」と少し腕を上げたところでぷるぷると震えている。私も慣れない運動をしたあとは筋肉痛になるけど、きっとそれとは比べものにならないくらい痛いんだよね。

「亜衣は大丈夫?」
「私は怪我してないから」
「そう、だけど…あのとき泣いてたよね」

骸さんが倒れたあと私は無意識に涙を流していた。目の前で繰り広げられる本気の戦いに、怖くて泣きたくて勝ってほしくて…無事でいてほしくて。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
こんな自分勝手で都合のいいことを言えるわけがないので「気にしないで」と言うと、綱吉くんには微妙な顔をされてしまった。そして私は改めて彼に向き直る。

「ありがとう、守ってくれて」
「え?」

綱吉くんは私を守るといってくれた。獄寺くんも山本くんもビアンキさんも言葉は違えど、もっと頼っていいといってくれた。リボーンくんは無力な私に万年筆を与えてくれた。
私は戦えなくて完全な無防備状態。いくら万年筆があるといっても万能なわけじゃない。骸さんが私を狙ったときもあったし、こんな戦えもしない都合のいい人間なんていつ攻撃されたっておかしくない。
あのときは小さな攻撃だったけど、綱吉くんと戦っているときのような大きな衝撃を受けたらきっと私はここにはいなかっただろう。
それぐらい私は危ないことに首を突っ込んでいるのに無傷で帰って来た。みんなが命懸けで戦ってくれたから私がこうやって生きている。みんなが無事で良かった、けど…。

「私だけ無傷なのが申し訳ないなって」

みんなボロボロになるまで戦って最後は気を失ってしまうほどの傷や疲労を負っているのに、私だけ無傷。私も同じ戦場にいたのに…。傷を負いたいわけではないけど、守られてばかりで何も出来ないことがどうしても良い方に考えられなかった。
私の今の気持ちを伝えるとしんみりしてしまい、綱吉くんの表情もさっきよりも曇ってしまった。

「あ…ごめんなさい、湿っぽくなっちゃって…!」
「う、ううん、オレは大丈夫だから!」

本当に何をしているんだろう私は。怪我をして大変な思いをしているのは綱吉くんのほうで、私が綱吉くんを元気づけるべきなのにこれでは逆だ。
気付かれないように小さくため息をついていると、「オレは、亜衣が無傷で本当に良かったって思ってるよ」と返ってきたために、私は目を見開く。

「オレ、戦ってるときもみんなのこと考えてて、いつもの日常に戻りたいって思った。そこが帰るべき場所で、オレの守りたいものだから」
「…うん」
「守りたいものに傷なんか付けちゃ駄目なんだ。それは守れてないことになると思うから。…だから、オレは亜衣が無傷で帰ってきてくれて嬉しいよ。ちゃんと守れたってことだから」

真剣な表情から、へにゃりとした笑顔に変わる綱吉くん。ダメツナと呼ばれている彼だけど、そんなのは全く感じさせないほど今の言葉はすんなり私の心に落ちてくる。
それと同時に、私は自分の頬が火照るのを感じた。な、何これ…!心臓の音がバクバクとうるさくて耳まで熱くなっている。きっと今私の顔は真っ赤に違いない。
そんな顔を見られたくなくて、私は綱吉くんのベッドに突っ伏した。

「え、亜衣どうしたの!?」
「綱吉くんが恥ずかしいこといったから…!」
「えっ、ぅえ!?」

突っ伏しているために綱吉くんがどんな顔をしているのかは見えないけど、すごく慌てているのはわかった。だって骸さんに会う前もそうだったけど、"守る"とかそんなの言われたことないからこんな真正面から言われたら恥ずかしいよ…!

「ダメツナのくせに何かっこつけてんだ」
「ふぎゃ!」

リボーンくんが綱吉くんを蹴ったような音がしてベッドから顔を上げると、今度は逆に綱吉くんがベッドに突っ伏していた。

「骸と戦う前もそうだったが、言うようになったじゃねーか。亜衣の前だからか?」
「そ、そんなんじゃ…!」
「そんだけ口が達者ならすぐにでも修業するぞ」
「わあああ!勘弁してよリボーン!」

二人が言い合っている間になんとか顔の火照りを冷ます。びっくりしたけどなんとか落ち着いた、かな。

そういえば、と私はお見舞い用に持ってきたミカンを取り出す。これなら包丁がなくても食べられるしビタミンもとれる。それぞれ二人に手渡したけど綱吉くんは腕を動かすのもやっとなんだっけと気付く。
案の定うまく力が入らないらしく、なかなか皮が剥けないで苦戦しているみたいだった。これはむしろリンゴのほうが良かったのかもしれない。
綱吉くんの代わりに私が皮を剥いて実を割る。食べやすいように一つずつに分けて、そのうちの一つを目の前に差し出した。

…差し出した場所が悪かったのかもしれない。何を思ったのか、綱吉くんはそれを手で受け取るわけでもなく、そのまま顔を近づけてぱくりと食べた。
ミカンを掴んでいた私の指が綱吉くんの唇に若干触れたのを感じて私は再びぼぼっと顔に熱が帯び、驚きのあまり持っていた残りのミカンをベッドにボトボトと落としてしまった。

「…え、あ、うわあごめん!何やってんだオレ!?ごめん亜衣!」

綱吉くんも私と同じようにこれでもかというくらい真っ赤になって手をぶんぶんと横に振っている。二人して真っ赤になってわたわたしていると、リボーンくんに「おまえらウブだな」と言われてしまった。なんでリボーンくんそんな言葉知ってるの…?



「そうだ、リボーンくん。ディーノさんてどこにいるか知ってる?」

しばらく綱吉くんたちとお話しているとき、私はずっと聞きたかったことをリボーンくんに尋ねた。ディーノさんはたまに日本にきているみたいだけど連絡先はわからないんだよね。

「さあな、イタリアにいると思うぞ」
「そっか…」

どうしようかなと思っていると「…ディーノさんに用事?」と綱吉くんが怪訝そうな顔で聞いてくる。なんでそんな表情をするのかはわからないけど、用事があるのは本当なので私は頷いた。
綱吉くんにはまだ言えない。怪我も筋肉痛もまだ治っていないし、これはただの私のわがままだから。私の答えにそれ以上聞いてくることはなかったけど少し眉を潜めているように見えた。

「ディーノに用ならオレがあとで連絡しておくぞ」
「本当?ありがとうリボーンくん」

よかった、これで目的が果たせる。そう思ってホッとしていると、リボーンくんがその小さな手を私に差し出した。

「亜衣に渡してある手帳、一旦オレに預けろ」

リボーンくんの言葉に頷くと、バッグに入れていた黒い手帳を渡す。手帳にはこれを貰った日から昨日までのことについての出来事全てを書き込んだ。もちろん骸さんとの戦いも昨日のうちに書いてある。…軽く五ページは書いた気がする。
みんなの怪我についてはあまり思い出したくないことだったけど、それも含めてみんながどう頑張って戦っていたかとか、綱吉くんの心情とか、私自身の気持ちとか、書けることは全部書いたと思う。

「楽しみにしとけよ」

リボーンくんがニヒルに笑ったのを見て私は首を傾げた。楽しみ?楽しみって、何…?


20.終わりとそれから

「なんだツナ、ディーノにヤキモチか?」
「そ、!そんなんじゃないよ!」
「いい加減気付けダメツナ」
「ちょっ、!オレ怪我人!」

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