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スポーツ観戦。
私にとってそれはとくに意識を向けるものではなくて、テレビでたまにどこのチームが優勝した敗退したなどが放送されるのを聞き流しているようなものだった。
どこかのチームが勝っていたりいいところまで進んでいたりすると、その競技と同じ部活に入っているクラスの人たちが一部で盛り上がっていたり、一時の話題になっていたり。
どの部にも所属していなかった私は友人が嬉しそうに話してくれるそれらを、良かったねと返す。
毎日顔を合わせる友人たちとの、なんてことない日常会話のひとつだった。
「──…笑った、」
どこからかそんな言葉が落とされて波紋を広げた。
第2セット目がはじまってからずっと日向くんたちによる速攻はあの7番の人に止められ続けていた。
またか。決まらない。どうしたら。
そんな言葉が浮かんでは消えていくようなこの空気の中でも床をキュッとすべる音やボールを叩く音は変わらず続く。
私は第2セットがはじまってからは黙ってコートの中を見ていた。清水先輩に教えてもらったとおりボール以外にも目を向けてみたり。
それでもすぐに目移りして気付いたらボールに視線が戻っていたり、はやいスパイクのあとはボールを見失ってしまったりとなかなか難しい。
でも。どんなにブロックに捕まっても諦めるなんて言葉が存在しないかのように笑みを浮かべる日向くんを、私は見てしまった。
「日向くんは、ほんとうにバレーが好きなんですね」
誰に話しかけるでもない私のひとりごとはみんなの掛け声によってほとんど掻き消えた。
日向くんの笑みにぞわりとしたのは私だけではないようで、まわりの空気が一瞬だけ静寂に包まれた。でもそれは恐怖からくるものではなくて。
絶対に諦めない。折れることもなくただ前だけを見て、来るボールを信じている。
その後、目を瞑って打っていたスパイクではなく、トスも変えつつ目を開けてボールをみながら打つ速攻に挑戦することになった。
もちろんいきなりうまくいくなんてことにはならず、タイムアウト後はなかなか点差が縮まらない。
それでも新しいことをやろうとする日向くんをみんなでカバーしてなんとかボールを繋いでいくのを、私は黙って見続けた。
ピッ、と鳴る笛の音。音駒に得点が入って現在は18-15で音駒が勝っている。1セット目は音駒が獲っているのであと7点決められてしまったら烏野は、負ける。
「…あ、」
ローテーションにより、音駒側は鉄朗くんが前に出てきた。今までも何度か前に出てきたことはあるけど、新しく挑戦する日向くんたちの速攻に注目していたから、その日向くんと向かい合うポジションに立つ鉄朗くんに、ちいさく声がこぼれた。
「どうしたの?」
「あっ、いえ!なんでもないです…」
私の声は隣の清水先輩にも聞こえてしまったらしく、きょとりとする先輩に慌てて首を横に振った。
そういえば鉄朗くんにも試合見ててって言われたんだっけ。
じぃっとネットの向こう側に立つ鉄朗くんに目を向ける。もちろん視線が交わることはないけれど、その視線の先はどうやら日向くんや影山くんのようで少し余裕そうな挑戦的な笑みを向けていた。
そこからの展開は本当にはやかった。
今の私ではうまく説明できないのだけど、いわゆる連係攻撃みたいなものがいくつもくりだされた。
"Aクイック"とか"一人時間差"などと呼ばれているらしい。うーーーん、知らない技だあ…まだまだ勉強不足。
ポン、ポン、ポンとボールは踊るように軽やかに飛んでは決められたレールに沿うようにして烏野コートへと沈む。
とくに研磨くんのトスから鉄朗くんの攻撃による連係が素人の私ですら目を見張るものがあった。
それらが決まった瞬間、私は拍手をしようとまたしても無意識に膝の上においていた手を胸の前まで持ってきてしまい、ハッとする。まっずい…!
烏野と音駒の両方応援してもいいとは言われたけど、さすがに烏野のベンチにいて烏野のみんながいる中で音駒の得点で拍手なんてしてしまったら目も当てられない。
それはあくまでも心の中でだったり本人に直接伝えたりなどするほうがいいだろう。
縮みあがる思いで不自然に宙をさまよう手を慌てて膝の上に戻した。危ない。とんでもないことをしでかすかと冷や汗ものだ。
とりあえず拍手はせずに済んだと安堵のため息をつくと、隣からくすりと小さく笑う声が聞こえた。
「拍手、してもいいんだよ?」
「うぐぁ…っ清水先輩…!」
「ふふ、ごめん」
いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる清水先輩には全部お見通しのようだった。
打って打って打ちまくる。音駒のような連係がまだできない烏野は、粗削りでも攻めることを選んでボールを叩き続けた。対して音駒は落ち着いていて自分たちのペースを乱さない。
再びピーッと長い笛が鳴る。気付いたらボールは烏野コートに落ちていた。その最後の一球を落としたのは床に倒れるように滑り込んでレシーブをした研磨くんだった。
床を滑る音やボールの音、みんなの掛け声が呼吸を整える音に変わった。音駒の嬉しそうな声も烏野の悔しそうな声も混ざっては響く。私はぱちりと一度まばたきをして深く息をはいた。
…終わっちゃった、と。
ぽつんとひとつだけ、心の中に言葉が落ちた。
−−−
「じゃあ私はあっちの片付けやってくるから、紬ちゃんはボトル頼んでいい?」
「あ、はい!」
全ての試合が終わり片付けにはいろうとしたところで清水先輩に呼ばれた。
ちなみに全ての試合というのは、練習試合だからできる"もう一回"を計三回やったことだ。さすがに三試合目はみんなヘトヘトになって地面に伏せる人が続出していたけれど。
あれだけたくさん試合をしていれば当然ドリンクの減る量も多く、最初の一試合目は見ているだけだった私もマネージャー業に専念した。
音駒にはマネージャーがいないらしく、今日は主に試合に出る選手や控えの人など少人数で来たいうことだったので、音駒の分の仕事も私と清水先輩で手分けしてやることになったのだ。
なんとか全部終わらせることができたけど、みんながバテバテになっている中ひとりだけ元気な日向くんはすごかったなあ。
そんなことを思いながら私はベンチのそばにあった大きめのケースに空になったボトルを回収し、それを抱えて水道のあるほうへと向かった。
体育館の扉から出るとすこし薄暗い通路がのびており、そこの壁際に目的の水道があった。
ケースを濡らさないように上に置き、ボトルを手にして中を水で満たしていく。まずは水洗いしてから洗剤で洗おう。
「紬」
「え?」
バシャバシャと水で洗い流していると、扉を開ける音とともに名前を呼ばれた。すこし驚きつつも振り返ると鉄朗くんがいたのでどうしたのと問えば「手伝いにきた」とかえってくる。
「あれ、コートの片付けは?」
「後輩に代わります!って言われて暇になった」
なるほど。
そう納得したところでふと気付く。ここに持ってきたのは烏野のボトルだけど音駒のも持ってくればよかったかも。
「あ…待って、音駒のボトルも回収してくる」
「え、なんで」
「え?あ、洗うから…?」
きょとんとする鉄朗くんに理由を説明するとさらに不思議そうな表情をうかべた。
「いや、いーよ。帰ったら自分らでやるから」
「大変じゃないし大丈夫だよ?」
「試合中コッチのマネの仕事任せちゃってたし、いーよほんとに。充分助かった」
これ以上このやりとりを続けていてもお互いが譲らないだろうと思った私はすこしやりきれない気持ちはありつつも頷くことにした。
でもここで音駒のボトルを洗っても乾かす時間がないかと気付く。まあタオルで拭いてしまえばいいのかもしれないけど。
「んじゃ、洗いますか。新人マネージャーさん」
濡れないように自身の袖を捲り上げる鉄朗くんがニヤリと意地悪そうに口元を緩ませたのでどう返事をすればいいかと一瞬口ごもる。こういうとき自分のノリの悪さが恨めしい。
うーーん…としばらく考えた結果、すこし慣れないけど今だけだしいいかと思いついた言葉をゆっくりと声にのせた。
「…よろしくお願いします、鉄朗先輩」
「鉄朗先輩」
「…ごめん。やっぱり違和感すごかったね」
「いや、すげー新鮮。もっかい呼んで?」
「無理…!」