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「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

ぼさぼさになってしまった髪をなおしたあと、中に入ると入口付近で澤村先輩と鉄朗くんがにこにこした顔で握手を交わしていた。
でもその背後にはバチバチとした闘争心のようなものが感じ取れてしまい、綺麗な笑顔がよけいに怖さを醸し出している。

「…似たもの同士だよね」

いつのまにか私の隣にきていた研磨くんがそんなふたりをみてぼそりとつぶやく。私は数年間鉄朗くんたちとは会っていなかったからあの笑顔を見る機会はなかったけど、口調は丁寧だからいろんな意味で成長を感じる。ただしそれがいい意味なのかはわからないけど。

「いつもあんな感じなの?」
「んー、毎回じゃないけどそこそこ見るかも」

そこそこということは結構多いということだろうか。もしかしたら主将の威厳というのもあるのかもしれない。大変なんだろうなと思っていると、「紬」と研磨くんに呼ばれる。

「じゃあ、行ってくるから」
「あ、うん。が…、」

がんばってね。
そう言おうとして言葉が詰まった。私は烏野マネージャー。幼馴染だとしても今日は対戦相手なのだ。大っぴらな応援はもちろんできないけど、はたして"がんばって"は応援のうちに入ってしまうだろうか。

急に言葉が途切れた私に不思議そうな顔をする研磨くんだけど何を言おうとしたのかがわかったのか、ゆっくりと首を横に振った。

「それはおれじゃなくて、クロに言ってあげて」

ほんの少しだけ、その表情は悲しげに見えた。でも一瞬だから気のせいだったかもしれない。そういって研磨くんは背を向けると音駒の人たちがいるほうへといってしまったので、私は眉根をよせながら首をかたむけた。



烏野の集まる場所へいくと、ちょうどみんなはひとかたまりになって床に置いた荷物の周りでジャージからユニフォームに着替えているところだった。
この前それがくばられたときは西谷くんだけ着ていたのは見たけど、やっぱり全員が着ると雰囲気がガラッと変わってみえる。
その中でも日向くんが自身のユニフォームをみて一番目を輝かせていた。

「嬉しそうだね、日向くん」
「え、えへへ…"小さな巨人"と同じ番号だって聞いて」
「小さな巨人?」

聞いたことのない名称に目をぱちくりする。同じ番号ということはどこかの選手だろうか。

「おれが小学生んときに烏野にいた人です!あんなふうになりたいって思ってバレー部入ったんで」

昔を思い出しながらそう語る日向くんの表情はとてもきらきらしていて、自然と私も頬がゆるむ。憧れの人と同じ番号か、とお腹付近にある番号をながめる。たしかにそれは嬉しくなるかもしれないと日向くんの気持ちがすこしわかる気がした。

「おい、あんま浮かれすぎんなよ日向。これから試合あんだから」
「う、うう浮かれてねーよ!それはお前だろ!?」
「どーみてもオメーだよ!」

にこにこな日向くんを、すでに着替え終わった影山くんが軽めに窘めるといつものように騒がしくなった。
試合に出ない私はあんなに緊張していたのにみんなすごいなあなんて思う。日向くんも青葉城西のときよりはほぐれているみたい。


よし、私も準備しようと持ってきた鞄をベンチに置きにいくと、さっきまで日向くんと話していたはずの影山くんが後ろからやってきた。

「紬さん、今日はずっとベンチにいるんですか?」
「うん。そのつもりだけど…」

本当の試合であればベンチにマネージャーはひとりまでしか入れないらしいけど、練習試合のときはふたりいてもいいことになっている。少なくとも烏野では、だけど。

「どうしたの?」
「いえ、青城のときはあんま居なかったなと思って」

うっ、痛いところをつかれた。
わずかに口元を引き攣らせると影山くんは不思議そうな表情を浮かべる。

あのときは持ってきたはずのスマホが見当たらなくてマネージャーの仕事を清水先輩に任せてしまって外に探しにいっていた。
スマホ自体は及川さんが拾ってくれたから問題なかったけど結果的には初めての練習試合だったのに半分以上試合が見れなかったのだ。

本当に申し訳ない…と肩を落としていると影山くんがじっとこちらを見ているのに気付いて顔を上げた。

「なら、見ててほしいです」

…え?

そういってわずかにぺこりと頭を下げた影山くんはみんなの元へ行ってしまった。何も言葉を返すことができずにぽかんとしていると、「あ、紬ちゃん」と入れ違いに清水先輩が声をかけてくる。

「あ、すみません!これから準備します」
「ううん、そうじゃなくて、…えっとね」

のんびり話している場合ではなかったと慌てて鞄を開けると、それを制するように首を横に振った清水先輩は私が開けた鞄から試合で使うバインダーを取り出した。

「今日の試合、紬ちゃんはこれ書かなくていいから試合だけを見ててほしいの」

…え?

きっと今の私の顔は腑抜けたようになっているかもしれない。影山くんに清水先輩、それにこの前鉄朗くんにも同じことを言われた。
鉄朗くんに関しては青葉城西で試合が見られなかったことは知らないから偶然だと思うけど、どうしてこんなにも立て続けに、と困惑していると清水先輩は小さく口元をゆるめる。

「この前の青城で紬ちゃん、あんまり試合見れなかったでしょ?」

うぐぁっ、二度目…!
自分のミスなので何も言えないけどやっぱり痛いものは痛い。

「いつもの練習とは雰囲気とかも違うし、いろいろと勉強になると思うから」

ね?とやわらかく微笑みかけてくれる清水先輩とは反対に私の気持ちは落ち込む一方である。マネージャーなのに試合をみていないなんて言語道断なのだ。
影山くんも、"試合ちゃんと見ろボゲェ!"と遠回しに言ってくれたのかもしれない。

「わ、かりました」

今日はちゃんとスマホは手元にあるし最後まで問題なく見られるはずだ。私はすこし息を呑みながらゆっくりと頷いた。


コートの外で烏野と音駒がそれぞれ円陣を組んでいる。ベンチに座ってそれを眺める私の拳は膝の上で固く握られていた。
鉄朗くん、影山くん、そして清水先輩から見ててと言われた今回の練習試合。

たしかに普段はスコアを付けながらだったりたまに笛を担当しながらだったり、ルールを思い出しながらだったりとマネージャーの仕事をしつつ練習を見ているので、ただ試合だけをフルで見るというのはなかったかもしれない。

いったいどんな試合になるのだろうとドキドキする気持ちが再び浮上する。口には出せないけど本当ならどちらにも頑張ってほしいと思いながら、私は円陣を組むみんなを見つめた。

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