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朝早くから太陽が沈むまで毎日練習をくりかえし、本日は音駒との練習試合当日の5日6日。
昨日の練習中に清水先輩がクリーニングにだしていたユニフォームが配られ、今はそれぞれの鞄の中に入っているだろう。

時刻は8時50分。向かった先には今回の会場である烏野総合運動公園球技場が見えた。
いつもは賑やかなはずのみんなも真剣な面持ちで誰もが口を閉ざしている。私が試合に出るわけではないのにバクバクとうるさい心臓の音に息も荒くなってきた気がした。

「集合!」

あらためて学校じゃないんだなと建物を見上げていたところで澤村先輩から召集がかかる。よく見れば会場の階段の下にはすでに赤いジャージの人たちが整列していて、私と清水先輩は横一列に並びにいくみんなの背中を見守った。

「挨拶!」
「お願いしアースッ!」

両者一斉の力いっぱいな挨拶が響きわたり、びくりと肩が震える。挨拶自体は普段も聞いているけど練習試合ということでいつもより気合いも入っているし、何より人数も倍である。
そういえば青葉城西のときは田中くんのジャージを洗いにいってたから挨拶は聞いていなかったんだっけ。
これぞまさに運動部という熱気に気圧されそうになった。


挨拶が済んだあと、列を崩してそれぞれが中へと歩みを進める。私にとって練習試合は二回目だけど相変わらず慣れは来なくて緊張しっぱなしである。

「よっ、紬」
「あ…鉄朗くん」

そんなとき、近くにいたらしい鉄朗くんが後ろからひょいっと私の顔を覗き込んできた。

「何、緊張してんの?」
「えっ」

一瞬でバレた。前に清水先輩にも同じことを言われたし、そんなにわかりやすいだろうかと自分のほっぺたを抓ったりむにむにしてみたけど、とくに緊張がほぐれることもなく。

それに対して鉄朗くんはくつくつと喉をならすと、こちらに向かってその大きな手が伸びてきた。

「まあ今日は練習試合だし、もうすこし気楽にな」

わしゃわしゃと髪を混ぜるみたいに撫でられたあと軽めにぽんぽんとされる。目をまるくした私が顔を上げると主将さんらしい頼もしい顔付きで笑みを浮かべたあと、そのまま背を向けて中へといってしまった。


しばらく私は目をぱちくりさせてぼけっとする。ただただ去っていく鉄朗くんの背中を見続けていると突然私の両サイドに何かが現れた。

「ぬわァに青春してるんですかァ…?」
「今のやつ、知り合いか?」
「ぅわぁッ」

ぬっ、と現れたのは田中くんと西谷くんだった。あまりにも急だったのと主に田中くんの凄むような顔の圧にびっくりして思わず叫んでしまったけど。

「し、知り合いというか、幼馴染…」
「幼馴染!」
「羨ましい!分けてくれ!」

分ける?幼馴染を、分ける…?
西谷くんの言葉に一体どういう意味だろうかとまばたきする。鉄朗くん、分身する?なんてよくわからないことを考えていると、さらに後ろから「こーら、ふたりとも」と窘める声がした。

「そのへんにしなよ、困ってるだろ」

呆れたようにため息をつきながらやってきたのは縁下くんだった。

「だって聞いてくれ縁下!」
「幼馴染が!」
「はいはい。あとで聞くからさっさと歩こうな〜」

田中くんと西谷くんの言葉を軽く流し、早く行くぞと言わんばかりに背中を押して三人は中へと入っていった。

びっくりした、と驚きから解放された私は安堵のため息をこぼす。今のはなんだったのだろうと思っていると、続けてまたひとつ後ろから靴音が近付いてきた。

「この前いってた幼馴染ってあの人ですか」

顔を上げると、隣に立っていた月島くんはもうすでに中へといってしまった鉄朗くんの後ろ姿をじっと見ながらそうつぶやいた。私がゆっくりと頷くと、へー、とだけ返ってくる。

「………」

そして私を見下ろして、じっと見つめられた。

え、なん…だろうか。
よくわからなくて首をかたむけると、その視線は私から逸れて私の後ろへと注がれる。また誰かきたのかなと振り向くと、ぱたぱたと忙しなく山口くんが走ってきた。

「…あ。白咲先輩、」
「え?」
「あ、いや、えっと…」

月島くんを追いかけていたであろうはずの山口くんの視線が近くにいた私に気付く。でも何を思ったのか、名前を呼んでくれたそのあとは視線を泳がせて言い淀んでしまった。

「行こう、山口」
「え、あ…」

月島くんに呼ばれた山口くんは私と月島くんを戸惑いながら交互に見つつ、すごく困った表情のまま横を通りすぎていく。
そんなふたりを私は呆然と見送ることしかできない。山口くんは何を言おうとしていたのだろうと眉をひそめていると、ふいにピタリと足を止めた月島くんがふたたび振り返った。

「言い忘れてましたけど、頭すごいですよ」

頭すごいですよ…!?
どういうこと?!

咄嗟に自分の頭に両手を置いてみると、いつも以上に髪がぼわっとなっていた。あれ、なんで?ちゃんと朝寝癖は直したはずなのに…と疑問を浮かべるもその原因はすぐにわかった。

さっき、鉄朗くんに頭を撫でられたからだ。

やっとそれに気付いた私が教えてくれた月島くんに視線を向けると、意地悪な笑みを浮かべていた。何その頭、とおかしそうな表情は隠す気がないらしい。

なるほど、月島くんにじっと見られていたのはこのぼわぼわした頭のせいだったんだ。そして山口くんはそれを伝えようとしてくれていたと。

はあ、とちいさなため息とともに乾いた笑いがこみあげてくる。とりあえずもう手櫛でいいかと髪を整えているうちに、気付けばさっきまで感じていた緊張はマシになっていた。それが誰のおかげなのかはわからなかったけど。





「なんでさっき言い淀んだの」
「え?あー…女子の先輩に髪ボサボサですよって、こう…なんて言えばいいかなって」
「…あの場合ははっきり言ってあげたほうがいいんじゃない?」
「…うん。そっか、そうだね!ありがとうツッキー!」

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