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5月4日の朝。今日は烏養さんから音駒戦に出る選手たちが発表された。メンバーは澤村先輩、日向くん、田中くん、東峰先輩、月島くん、影山くん、そしてリベロの西谷くん。
試合に出る人、出ない人の中ではいろんな気持ちが複雑に混ざりあって誰も何も発言しない。

遠くでその様子を眺めていた私はいつの間にか手が止まっていて慌てて我に返り、自分の仕事をやらねばと首をふって歩きだした。





午前中の練習が終わり、お昼ご飯を済ませたあとまだ午後の練習まで時間があったので体育館横にある木を背もたれにして休んでいた。

なんとなく頭に浮かんだのは練習のこと。午前中は今回発表されたメンバーで試合形式をやろうということになり、私はそのスコアをつけていた。
スコアの付け方は清水先輩に教えてもらったもののまだまだ全部は覚えられなくて数え間違いなんかも結構多かった。

まだはじめたばかりだからと清水先輩がフォローしてくれたけど、それがとてつもなく申し訳がなくて。

はぁ、という大きなため息がむなしく響く。考えれば考えるほど悪い方に進んでしまうのをやめたい。昨日菅原さんが励ましてくれたのに、それを悪い意味で塗り替えるような今日のミスがとても痛かった。


──ピロン、ピロン

そんなとき、突然ポケットに入れておいたスマホから音がした。練習中はもちろんみんな使用禁止で鞄などにしまっているはずだけど、何かあったときのためにマネージャーは持ち歩きを許可されている。

今は休憩時間だし出ても大丈夫だよね、と思いながらスマホを取り出して画面をみれば、そこには見慣れた名前。
どうしたのだろうと思いつつ受話器のマークが描かれたところをタップしてゆっくりとスマホを耳に当てた。

「…はい」
〈あ、紬?〉
「……うん」
〈えっ何、どーした?暗くね?〉

昨日久しぶりに会ったばかりの鉄朗くんの声が静かに届いたので返事をすると思った以上に低い声が出てしまったようで、あ、と顔がひきつる。
慌てて「なんでもない…!」と返すものの、〈ふーん…?〉とあまり納得いってないようだ。

「え、っと、どうしたの?」

ここは話題を変えなくてはとぎこちなくも次の会話へと移行する。わざわざ話す内容でもないしこれで大丈夫だろうと思っているとなんとか諦めてくれたようだ。

〈んー…なんとなく?〉
「そう、なの?」

あれ、用があったわけじゃないんだ。てっきり何かあったのか、最終日のことで話があるのかとあたりをつけていたけど、少々ぎこちないその声から理由が語られることはなかった。

電話できるということは時間的に鉄朗くんたちもお昼休憩なのかもしれない。何を話そうかなと考えて、音駒はどんな練習をしているのか聞いてみようと口を開いた。

「そっちはどう?練習とか」
〈…ほー?もしかして偵察ですか、新人マネージャーさん〉

偵察、と言われて一瞬判断が遅れた。でもすぐにそうかと気付く。
私は烏野マネージャーで鉄朗くんは音駒の主将だ。練習風景やその内容を聞くということはそれを参考にこちらが対策できてしまうということになる。

「あっ違う、そういうわけじゃなくて…!」

ただ世間話をしようかと思い、共通の話題といえばやっぱりバレーだろうとなった結果の質問だったわけだけど裏目に出てしまったようだ。
慌てて否定すると笑いをこらえる声が僅かに聞こえてきた。

〈くく…っ、へーき。そういうつもりで聞いたんじゃねーってわかってっから…ッひゃひゃ〉
「…すごい笑うね」
〈目に浮かぶからな〉

きっとここに鏡があったら私はジト目になっていると思う。だって急に偵察なんて言われたらびっくりする。
笑い声がおさまるのを待っていると〈あー、まあそうだなあ…〉と続いたのでまさか答えてくれるのかと耳をかたむけた。

〈とりあえず、いつも通りとだけ言っとく〉
「え、」

私の声はちいさくこぼれ落ちた。それは教えてくれたことに驚いたからだけではない。

〈…ん?どした?〉

数秒私が黙りこんでしまったために鉄朗くんから疑問の声があがる。なんとなく、その声はすごく優しげに聞こえた。

「あ、いや、いい調子とかうまくいってるとか、そういうのが返ってくると思ったから…」

詳細は話せなくとも答えてくれるというのなら調子の善し悪しを言われると思っていたために、"いつも通り"という返事にすこし驚いてしまった。

〈悪くはねーよもちろん。でも今の調子を当日も発揮できるかはわかんねーし、発揮できるように練習する必要があんの〉
「…そういうもの?」
〈そういうもの。いつも通りっつーのが一番難しいんだよ〉

鉄朗くんの返しに私もすこし考える。もしかしたらテストと似ているのかな。緊張や焦りが出てくるテストでいい点をとりたいのなら本番でド忘れしたりしないように繰り返し勉強しなくてはならない。
そう例えてみるとそっかあ、とじわじわ実感していく。


〈そーいや紬って俺らの試合見たことないよな?〉
「……?うん、ないよ」

話は変わり、鉄朗くんは思い出したかのようにそう聞いてきたので私は自分の記憶を確かめながら頷いた。
小学生のころはもちろん、大会の中継だったり本人から動画や写真が送られてきたこともないので確実に見たことはないと思う。

〈じゃあ見てて〉
「見るのはいいけど私は烏野だから応援が…」
〈…ちなみにだけど、もし音駒に来てたら応援してた?〉

もしもの話に首をかしげながらも自分が音駒にいる場合を想像してみる。音駒のマネージャーになっていたら当然応援はすると思うけど、たとえマネージャーになっていなくても幼馴染がバレーを頑張っているのなら。

「うん。応援する」
〈……、そっかーーーあーー〉
「えっ何?」

急に大きな声をあげたと思ったら盛大なため息が返ってきた。いったい何事だと目を白黒させるけど〈いーや、こっちの話〉とはぐらかされてしまった。

今は烏野のマネージャーだから表立っての応援はあんまりできないだろう。でもだからって鉄朗くんたちを応援しないというのは、なんか違うというか。
試合には必ず勝敗が存在する。どちらにも勝ってくれたらなと思ってしまうのは、私がまだ烏野マネージャーの自覚が足りないのか、バレーに対する気持ちが薄いからなのだろうか。

〈まあ、それはいいや。とりあえず見てて〉
「それって上手くなったからってこと?」
〈あとカッコよくなりました〉
「………うん」
〈えっ今の間は何〉

小学生のころを鮮明に覚えているわけじゃないけどあのころから年月が経っているのだから上達はかなりしているだろう。かっこいいかは…まだ見てないからわからないけど。

そんなことを考えていると電話の向こうから知らない人の声が聞こえてきた。

〈あ、わり。そろそろ練習もどんねーと〉
「うん、わかった。じゃあまた最終日」
〈ん〉



通話を切り、ふぅ、軽く息を吐いた瞬間、近くからジャリッと砂を踏む足音が聞こえた。えっ、と驚いて勢いよく顔を上げると太陽の光できらりと反射する眼鏡から覗く瞳が私を見下ろしていた。

「つ、月島くん?いつからいたの…!」
「今来たばっかですけど」

あ、なんだ…よかった。ずっと近くにいたのに全く気付かなかったとかだったらどうしようかと思ったけどそんなことはなかったみたい。

「電話してたんですか」
「うん、幼馴染からかかってきて」
「…幼馴染?」

誰、と言わんばかりにほんのすこし眉をひそめたので、「音駒の主将さん」とこたえると、どうやら月島くんの中で納得がいったらしい。

「音駒を知ってたのってそういうことだったんですね」

あ、そうか。音駒との練習試合が決まったと武田先生から知らされたとき私は驚いて変な反応をしていたっけ。それにあのあと幼馴染だと説明したのは菅原さんだけだった気がする。

「そういえば月島くんはなんでここに?」

もしかしてもう休憩時間終わりだっけとスマホの時刻を確認してみるけどまだ時間にはなっていなかった。

「静かな場所で休もうかと思って来ただけです」

まあ先客がいましたけど、とため息混じりに話してくれる月島くんに、先客…って私のことかと気付く。

「あ、じゃあここどうぞ…!」
「…は?」

背もたれにしていた木から一歩ずれてすこしだけ裏側にまわった。ここの木はさほど大きくはないけどふたりで休むくらいはできるし木陰にもなっている。
そう思って月島くんが入れるスペースをあけてみたのだけど、当の本人はまるで意味がわからないと言いたげに目をまるくしていた。

「え、休みにきたんだよね?」
「そうですけど」
「ならどうぞ!」
「…別にここじゃなくても休める場所はあるんで」

手のひらであけたスペースを示してみたところさらりとそんな言葉が返ってきて私はピタリと固まる。

確かに、それもそうか。
ここはすみっこだから比較的静かだけど、そういう場所ならここ以外にもある。わざわざ同じ場所で休む必要なんてないのだと理解するうちに、だんだん自分の言動がすこし恥ずかしくなってきて、示していた手をゆるゆると元にもどした。

なんとなく居た堪れなくなってわずかに俯く。何かしていようと、とりあえず持っていたスマホを確認しようとして、

「………」

先ほど空けたスペースに月島くんが寄りかかったのが見えた。

「………」
「…なんですか」

驚いて無言でじっと見てしまったのがいけなかったらしく、ジトリとした視線をもらってしまった。

でも。だって。そりゃあ驚く。
てっきりほかの場所にいくんだと思っていたのにまさか留まってくれるとは。

思い返してみると月島くんはわりとこういうところがある気がする。
青葉城西にいった帰りも待っててくれたし、理由も聞かず私のくだらない話にも付き合ってくれた。
合宿所についたときもひとり遅れていた私に声をかけてくれたり、おやすみなさいと返してくれたり。

「…月島くんて、結構優しいよね」

頭の中に浮かんだ記憶にしみじみとしながらぽつりとこぼす。刺々しいところも相変わらずあるけど、こうしてバレー部に関わっていくうちに違う面もたくさん見れていると思う。

なんだかすこし嬉しくなって自然と頬がゆるんでいく。うへへ、なんて思いながらゆっくりと顔を上げるとぱちりと月島くんと目が合い、

「は?」

見事に眉間にシワをよせた大変素晴らしい不機嫌なお顔が私を見下ろしておりました。




(月島くんとの距離感ムズカシイ!)

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