20



「日向くーん!」

自転車を漕いでは止まり漕いでは止まりを繰り返しながら名前を呼ぶ。といってもここらへんは住宅地のためあまり大きな声を出すわけにもいかず思った以上にさがすのが難しい。
分かれ道のたびに一旦止まって左右を見回してみたりしたけれど、なかなかあのオレンジの髪色を見つけることができないでいた。
もしかしてもっと遠くまで行っちゃったのだろうか。

さすがに漕ぎ疲れてしまったのですこし休憩ということで自転車を道の端に止めて、鞄に入れてきたスマホを手に取った。
どうしよう。さっき清水先輩には連絡したけどこんなに探してもみつからないならやっぱり先生にも連絡したほうがいいかな。


「そこのオネーサン」

スマホを見ながら迷っていると手元に影がかかった。ここには私だけかと思っていたけれど誰かの声がしたと反射的に顔を上げる。

「俺たち道に迷っちゃったんだけど、」

私を見下ろして囲うように佇んでいたのはふたりの男の人。真っ青な空や住宅のあるこの場所ではとくに目立つ赤いジャージがまず目に入ってきた。

「案内してくんない?」

ゆっくりとさらに視線を上げていき、逆光で眩しく思いながらもなんとか目をこらす。声の主はかなり背の高い黒髪の人で、にっこりと笑みを浮かべている。隣にいる人も同じく赤いジャージで、陽の光でキラキラと輝いた金色の髪をさらりとなびかせていた。

ひぇ、と情けない声がこぼれて肩が震えた瞬間持っていたスマホをガシャンと地面に落としてしまった。画面が割れたかもしれないなんて心配ができる余裕なんてなく、ヘビに睨まれた蛙みたいに動けなくなった私は目を泳がせた。

ナンパだ。カツアゲだ。
そのどちらにしても怖いことに変わりはなく、どうすれば逃げられるのだろうと必死に考えをめぐらせる。道案内なんて言っているけどどう考えても嘘に決まっている。でもはじめての経験で対処の仕方がわからない。

どうすればいいんだと俯いて視線を合わせないようにしていると、金髪の人が落ちている私のスマホを拾いあげた。
ついた砂をかるく手ではたき、くるくると裏表を確認してそれは私に差し出される。

「大丈夫、壊れてないよ」
「えっ、あ…ありがとう、ございます…」

まるで賞状を受けとるみたいにおそるおそる両手でスマホを受け取った。たしかに画面も割れていないみたい。
よかったと思いつつ状況がうまくつかめないことに困惑していると、ふ、と吹き出す声が聞こえてきた。

「……っ、ぶひゃひゃひゃっ…!」

急に不思議な笑い方をしだした黒髪の人に私はますます混乱する。笑うほどおかしなことをしただろうかとこっちはさらに困り果てる。…でもこの笑い方…、知っている。

「やっぱり怖がってるよ、クロ」
「いや予想通りっつーか、くく…ひゃっひゃ」

クロ。
聞き覚えのある、というよりとても馴染み深いその名前。金髪の人のその呼び方にもう一度あらためて顔を上げる。私より随分と背が高いためちょっと首を痛めそうだけど、じぃ〜〜っとそのお顔を拝見してみた。

「いや、見すぎな」
「…鉄朗、くん?」
「おー、よく出来ました」

パチパチとわざとらしい拍手を送ってくれるものの昔の面影はあまりない気がする。きっとそのほとんどが身長のせいだとは思うけど成長ってすごいなと驚きを隠せない。

「じゃあこっちは?」

鉄朗くんが私から隣の金髪の人に視線を誘導したので私もつられてそちらを見る。金髪…と思ったけど、よくみたらたしかに金色だけどその根元は地毛であろう黒色だった。

「…研磨くん」
「…うん」

おずおずと様子を伺うように名前を呼んでみればもちろん正解する。でもまさかと私は目を丸くした。
子供のころは黒髪だったからそれを金色に染めているとは思わなくて、ぽかんと間抜けに口を開けながらまじまじと見つめる。

「…そんなに見ないで」

あまりにも見すぎていたせいで金髪の人…研磨くんは気まずそうに目を逸らした。


メッセージアプリではちょこちょこ話したりはしていたけど実際に会うのはこっちに引っ越してからは一度もない。
ごくまれに電話をすることもあったけど電話と直接では声の感じかたも違うので全く気付かなかった。

「よく私だってわかったね」

会っていないのは向こうも同じなのにどうしてすぐに私だとわかったのだろうと疑問をぶつける。逆に私は面影だらけとか言われたらどうしよう。

「毎年来る年賀状が紬の写真付きだったから…」

研磨くんの言葉に、あ、と私は目を伏せる。私自身年賀状はもうほとんど書かなくなってしまったけど我が家は親戚と幼馴染には必ず送っている。その年に出かけた先のものがほとんどだけど何故か私単体の写真が多いからそれでわかったのか。

「えっと、ひさしぶり…?」

なんだかあらためてこの挨拶をするのはちょっぴり恥ずかしくてぎこちなくなってしまう。

「まああんま久しぶりって感じしないけどな。連絡はずっとしてたし」

鉄朗くんの言葉にそれもそうかと思う。頻繁にというわけではなかったけど全く会わなかったぶんやりとりはしていたから。
…あ、でも最近は前より多く連絡していたかもしれない。

「そのジャージ着てるってことは無事にマネージャーになったんだな」

鉄朗くんは私の着ている真っ黒なそれをみてニヤリと笑みを浮かべた。
黒い生地に白字で烏野高校排球部と書かれているこのジャージ。たくさん悩んだ結果、今こうしてこれを着ている。

仮入部でマネージャーになるかどうか迷っていた時期、たまたま研磨くんとバレーとは全く関係ない話題ですこし連絡をしていて、その流れでマネージャーになるならないの話をなんとなく伝えていた。
そしてその話題がふたりの間でされたのか鉄朗くんからも連絡がきて、私のそのときの状況を教えていた。

ただ、合宿ぎりぎりまで悩んでいたから部活や悩み事で疲れてしまったりして結果を連絡できていなかったのだけど。

「おめでとう」
「…ありがとう」

研磨くんの言葉に嬉しさを噛みしめる。状況を話したといっても及川さんに言われたことだったりバレーを好きかはわからないことだったり詳しいことまでははなしていないけど、聞いてくれただけで本当にありがたかった。

マネージャーになれてよかった。それは自分で選んだことであり、頑張ると決めたこと。
それでも心の奥で未だにバレーに対する気持ちがそこまで変わっていない不安が居座っているけれど。



「…そういえば、紬はここで何してるの?」
「あ!」

研磨くんの一言でやっと私は本来の目的を思い出して焦りはじめた。そうだ、今はのんきに話に花を咲かせている場合じゃない。

「ふたりともオレンジ髪の男子高校生見てない?練習中に迷子になってて…えーっと、身長は160ちょいくらいで…元気で明るくて…ん〜〜」

日向くんの特徴を思い浮かべながら説明してみるけどこんなので上手く伝わるかどうかわからなかった。本当にどこにいっちゃったんだろうと眉を下げていると、「あ、」と思い出したのか鉄朗くんがこぼす。

「そいつなら向こうの空き地にいたな。今もいるかはわかんねーけど」
「空き地?」

空き地ならさっきここに来る前に通ったところだ。でも見当たらなかったからもしかしてもう戻ったのだろうか。それでも有力な情報に間違いはない。

せっかく久しぶりに会えてたくさん話したいところだけど今は部活中だからそういうわけにもいかない。ふたりもこっちには合宿できているのだからこれ以上引き止めるわけにもいかないだろう。

「ありがとう鉄朗くん」
「…いーえ」

一瞬だけその表情が曇った気がした。でもすぐににこりと微笑んだのをみて私はすこし首をかたむける。どうしたんだろう。

「おれたちももう行くよ。またね、紬」

ちいさく手をひらりとあげてくれる研磨くんに私もまたねと手を振る。同時に鉄朗くんに視線をもどすけど、「じゃーな」と軽めに手を振ってくれるだけでとくに変わりはなかった。

BACK
- ナノ -