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午前8時頃。朝ごはんを食べ終えて体育館へ移動したあと、みんながストレッチをしている間に私と清水先輩は荷物を持って裏にある駐輪場へと向かっていた。
そこにある自転車は学校のものであり、今回は使用許可がおりているため、マネージャーである私が使わせていただくことになっている。

「紬ちゃん大丈夫?それ持とうか?」
「い、いえ…大丈夫、です!」

隣を歩く清水先輩がそれ、と示したのは私が必死に持ち歩いているドリンクの入ったケース。清水先輩は部活でよくある上下関係みたいなものはあまり気にしていないみたいだけど、それでも先輩に重いものを持たせるというのは申し訳なくて私が自分で運びますと宣言して、コレだ。

お、重い…!
まだ午前中とはいえそれなりに気温が高くなってきたこの季節、じっとりとした暑さで汗が額からつたうのがわかった。

やっと駐輪場へとたどりつき、ケースに傷がつかないように注意しながら自転車の後ろに紐で括りつける。そして前の籠には清水先輩が持ってきた救急箱やタオルやストップウォッチなど細かいものが入ったバッグを入れた。

ふぅ、とやっと一息つく。持っていた手が赤くなっていたので、ぐーぱーしながら手のひらをほぐす。
いつもは室内だから一回に人数分しかつくらないけど今回は外で走り込みだから足りなくなることを考えて何本か余分につくったのだ。
だからそのぶん重量も増えるわけで。

「ドリンクって重いよね」

手をほぐしている私を見て清水先輩は眉をちょっぴり下げながら微笑む。そうですね…と頷く私の声はここへ来るときよりも疲れていた。

「でも清水先輩は今までひとりで運んでたんですよね」
「うん。他の荷物もあるから何回かに分けてたけどね」
「大変だったんですね…」
「ちょっと筋肉ついた」
「えっ」

自身の二の腕に視線を落とす姿にちいさく驚くと、いたずらっ子みたいな笑みが返ってきた。まるで覚悟してねと言われているみたいで冷や汗が流れる。
ムキムキ…とまではいかなくても私のこの頼りない腕もすこしはたくましくなるのだろうか。

「じゃあ気をつけてね。私はユニフォームのクリーニング頼んでくるから」

ユニフォーム…それは試合のときにしか着れない特別なもの。私はまだ烏野のユニフォームは見たことがないけど代々先輩たちが着ていたものを受け継いでいくらしい。

小走りで体育館にもどっていく清水先輩の後ろ姿を見届けながら、未だにあまり実感できていない現状にふわふわした気分になる。

マネージャーかあ、なんて。

目の前のことをとりあえず頑張る。そう決めたのはいいけど、ふとした瞬間に私につとまるのかなあと後ろ向きな気持ちがぽつんと浮かぶのだ。




−−−





本日の練習メニューは午前中がロードワーク。ということで私は自転車に括りつけたドリンクや他の荷物とともに一足先に休憩地点へと向かっていた。
ここらへんの地域は車があんまり通らないかわりにトレーニングコースとして使われていることが多いらしい。私たちバレー部もそれにあやかってこの道を使うことになった。

坂道も多くて着いたころにはへとへとになっていた。さすがに全てを自転車で漕げるほど体力はなく途中からは必死に押してやっと到着だ。
マネージャーには体力がいるんだとあらためて再確認した。



坂道の上のすこしひらけた場所のすみっこに自転車を止める。ひとまずここが休憩地点且つ折り返し地点となっていて、休んだあとは体育館にもどる予定だ。

まず最初は誰が来るのかなあとその方向を眺めていると、数分してから駆けてくる足音とともに見知った顔が見えてきた。

「お疲れ様、影山くん」
「…あざす」

わずかに息を切らしてこちらに向かってきた影山くんに持ってきていたドリンクとタオルを渡す。それらを受け取るとすぐに浴びるように飲みはじめた。
目の前でごくごくと喉を鳴らすところをみると相当喉が乾いていたらしい。

「あの、俺一番ですか」

いい飲みっぷりだと思っていたところでドリンクから口を離した影山くんはまわりをすこし見回しながらそんなことを聞いてきた。

「うん、そうだよ。…あ、おめでとう」
「え」

ぱち、とまばたきをして私を見下ろす影山くん。てっきり一番にこだわってそんな質問をしてきたのかと思い祝ってみたのだけど、その表情を見るにどうやら違うらしい。

「…あ、ざす」

でもお祝いの言葉をあまり言われ慣れてはいないのか、私から目を逸らしてぎこちない声が返ってきた。
それがなんとなく微笑ましく思って頬を緩めていると我に返った影山くんは「いや、そうじゃなくて!」とまたこちらに視線をもどす。

「日向、見てませんか」

日向くん…?
不思議に思った私がまだ来ていないけどと首を横に振ると一瞬眉をひそめて、そうですかと呟いた。
もしかしてふたりのことだから競走でもしていたのかと想像してみるけど、影山くんはなぜか考えるような素振りを見せる。

「アイツ、俺より先に突っ走ってったんですけど…」
「えっ」

ぽつりとこぼした声は私を驚かせるには十分な内容で、それってあんまりよろしくないんじゃ…と嫌な予感がよぎってしまった。





「日向がいない?」

その後、次々と到着してくるみんなの中にはやっぱり日向くんの姿はなくて、澤村先輩の困惑した声が響いた。

「影山、途中まで一緒に走ってなかったっけ?」
「はい。けどアイツ、ペース配分考えなしにどっか突っ走ってて」

影山くんの言葉にどう考えても迷子かもしれないとここにいる全員の予想が一致したのか、ほぼ一斉にため息をついた。これは確実に探しにいかなくてはならない。

どうしようかとみんながざわめきだしたところで、私はおそるおそるちいさく手を挙げた。

「私、いってきます」

こういうときのためのマネージャーだ。みんなはこれから体育館まで戻るという名のトレーニングがあるし、私はここでドリンクを配り終わったのでとりあえずこの練習においての役目は果たしている。

それにここは体育館からもそこまで離れてはいないしスマホも持ち歩いているからいざとなったら地図アプリを見ればなんとかなるはずだ。
ただ探している間は清水先輩に任せっきりになってしまうのであとでちゃんと連絡しておこう。

せっかくの合宿なのだからみんなには練習に専念してもらおうと思い挙手をしたのだけど、すこし考えていた澤村先輩は、「…いや、」と口を開く。

「みんなで手分けしてさがそう」

え、と私はちいさく声がこぼれた。でもみんなはそれにやれやれといった表情をするも、同意するようにニッ、と笑みを浮かべていてどうやらやる気のようだ。…一部、少々不満げな人はいるみたいだけど。

「まあまあいいじゃねえかふたりとも!あれだ、見つけたら俺がアイス奢ってやる!」
「なんで西谷さんが奢るんですか?」
「別にいりませんケド」
「遠慮すんなって!それともそれぞれ二本食うか?」
「なんで増えてるんですか」

一部…それは影山くんと月島くんのことだ。ふたりにもやる気を出してもらおうとしているのか西谷くんが元気に提案してみれば、さすがにたじろいでいるけれど。

そんな様子を眺めていた私はすこしいたたまれない気持ちになってしまい、おずおずと隣にいた澤村先輩を見上げる。

「えと、いいんでしょうか…?こういうのはマネージャーの仕事なのかと」
「白咲ひとりじゃ大変だろ?それに手分けしたほうが日向もはやく見つかるかもしれないからな」

まあ、たしかにそれもそうかと納得する。練習があるみんなを手伝わせてしまうのは申し訳ないと思ったけど、日向くんのためを思うならはやく見つけるために人手は必要だ。
あらためて澤村先輩を見上げて、わかりましたと頷いた。



話し合いの結果、いくつかのチームに別れて探すことになった。ただ私には自転車があるのでみんなより早く移動できるということで別行動だけど。

「紬さん、ひとりで行くんですか」
「うん。自転車あるから」

それぞれチームに別れたあと、どこにも属さない私に気付いた影山くんが声をかけてきた。私の返事に何かを考え込むかのようにその眉間にはわずかにシワがよっていく。
そしてこたえがまとまったのか、難しい表情のまま私を見下ろした。

「…き、気を、つけ!」
「……?はい!」

突然、気をつけ!と言われた私は目をぱちぱちとしながらも、ピシッと両手を足に添えるように伸ばして姿勢を正しくする。
その瞬間、一連の流れを近くで見ていたらしい田中くんが「ぶはッ」と吹き出した。

「おまえら何やってんだ、コントか!」

ケラケラと可笑しそうに笑い声が響く中、影山くんだけは恨めしそうにしながらも顔が赤くなっている。
でもその背中を軽く叩きながら「だが俺には何を言おうとしてたのかわかる!頑張れ影山!」と応援するもやっぱり笑いは堪えられておらず、当の本人は赤い顔のままわなわなと拳を震わせて何かに耐えていたのだった。

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