03



放課後の部活動が全て終了し、帰る準備を整えた私は先輩たちにあいさつを済ませてから校門へと向かった。
空はすっかり真っ暗で、いくつもの星とわずかな月明かりが静かにあたりを照らしている。なんの音もしないこの場所はちょっぴり寂しいような気もして、はやく帰ろうと地面を蹴った。


校門に差し掛かったところで、ジャージ姿で肩からエナメルバッグを下げている見覚えのある人物が視界に映りこんだ。

「…影山くん?」
「!…ッス」

私に気付いた影山くんは目を丸めながらも軽く頭を下げた。でも一緒にいたはずの日向くんの姿がないことに疑問を持てば、どうやらカバンを忘れたらしく影山くんは先に帰ろうとしていたところだったらしい。
そっか、と納得して校門から出ようとすると、「あの、」と呼び止められ私は振り返った。

「送ります」
「…えっ」
「えっ」

思わず驚いた声を上げると影山くんも同じように反応した。送る…おく、る…?
ぱちぱちとまばたきを繰り返すも何を言われたのか頭が追いつかずそのまま固まってしまう。
影山くんってこんなことを言ってくれる人だったっけ。なんて言い方は失礼かもしれないけどあまりイメージがなかったもので。

「私の家、近いから大丈夫だよ?」
「そっちの道なら俺も同じなんで」

大丈夫といいながら帰り道のほうを指で示すとなんと影山くんも同じところを通るらしい。全く逆方向なら申し訳ないけれど道が同じというのならここはお言葉に甘えたほうがいいのかなと思い、「じゃあ、お願いします…」と私はちいさく頭を下げた。





真っ暗な夜道をふたり並んで歩く。ただ歩幅の関係で影山くんのほうが歩くのがはやくて、私はちょっとだけ早歩きだけど。
地面を照らす両脇の街頭は時折切れかかっているものもありなんだか頼りない。パチン、パチン、と音を鳴らして光り続けているのを耳にしながらその下を通り過ぎた。

私たちの間に会話はとくになかった。送るなんて言うものだからもしかして私に用があったのかとも思ったけど今のところそれらしい話題はない。
何か話したほうがいいのではないかと気まずさを覚えはじめ、なんでもいいからと話題を考える。ここは私のほうが先輩なのだから私からなにか話を振らなければ。

「か、影山くんも烏野だったんだね」
「はい」
「志望動機、とか…」
「引退した監督が烏野に戻ってくるって聞いたんで」
「そ、そっか」
「はい」

だ、だめだ〜〜!バレー全くわからない私じゃその話を膨らませるのは無理難題すぎた。せっかく答えてくれたのになにやってるんだと肩を落としていると、「そういえば、」と何かを思い出した影山くんがこちらを見下ろす。

「紬さん、マネージャーだったんですね」

え、と私は固まる。どうしてそんな結論が…と今日の出来事を振り返るけど、影山くんからしたら体育館へと入ってマネージャーのお仕事をしていた私を見ればたしかにそれに見えたのかもしれない。

「マネージャー、ではないね」
「……?じゃあなんで体育館に?」
「んん〜〜…誘われたというか、どうしようかなあと」

迷ってるんだよね、とちいさく零す。先輩の威厳なんてあったものではなく眉を下げて力なく笑った。
自分でもまさかこんなにも決められないなんて困ったものだとため息をつきたくなる。今日一日やってみたけれどまだ答えは出せていない。
視線をさ迷わせて言い淀む私に見兼ねたのか、高い位置にある切れ長の双眸がじっと私を捕える。

「紬さんはバレー好きなんですか?」

裏表のない疑問に、私は一瞬言葉に詰まった。





バレーそのものに関しては小学生のころにちょっとだけさわったことがある。近所に住んでいた幼馴染たちがよく遊んでいて、私にもどうだと誘ってくれた。
でも私には全くセンスがなくて結局はほとんどボール出しくらいしかできなかったけれど。

その後、両親のお仕事の都合でこっちに引っ越してきた私は北川第一中学に入った。当時の私もどこの部活にも所属しておらずいわゆる帰宅部だったけれど、たまに男子バレー部のマネージャーをしていた。
といってもお手伝いというだけで部員になったわけではない。マネージャーの中に私の友人がいたために、どうしても人手が足りないときにちょっとだけお邪魔したことがあるくらい。
影山くんと知り合ったのもこのときだ。

でもなぜがそこからお手伝いを頼まれることが増えていき、最終的には正式にマネージャーにならないかと誘われてしまったけれど丁重にお断りした。
理由は正直にいうととくにない。家が忙しいとか受験のために早めに準備しなきゃとか、そういう真っ当なものなんてなくて。
ただ、気持ちが中途半端だっただけ。

ひょんなことから誘われて手伝ったマネージャーのお仕事はそれなりに楽しかった。忙しいはずのお仕事を楽しいと表現していいのかはわからないけれど、まだお手伝いという名目だった以上、そこまで仕事がまわってくるわけではなかったためにそんな感想がうまれた。
あとは友達もいたからというのもあったかもしれない。

でも次第にその回数や量が増えてきて思ったのだ。私は本当にここにいてもいいのかと。

みんな自分の意思でこの部活に入っている。私だけがお手伝いさんで、たまたま頼まれたからここにいるだけ。部活に対する熱意が最初から違う。
お手伝いは楽しいけど、みんなとの気持ちの差に当時の私は頷くことができなかった。





「…わから、ない」

たっぷりと時間をかけて絞り出した答えは情けなくてとても弱々しかった。
運動自体は得意ではないしスポーツ観戦が好きかと聞かれるととくにそういうわけでもない。たとえテレビで放送されていたとしてもわざわざ付けて見るということはきっとしないだろう。
ただ嫌いというわけでもない。中途半端にかじってしまった経験はどこをとっても曖昧でうまく結論が出せないでいた。

「でも中学でマネージャーのお手伝いしたときは、すこし楽しかった」

そこだけ。プラスで考えることが出来るのが本当にそこしかない。しかもこの楽しいという気持ちは部員たちのことを考えていない、ただの私個人の感覚の話だ。
そんな気持ちだけでマネージャーを引き受けていいものか。それを判断するのは今まで帰宅部を貫いていた私には難しいことだった。

私の声は暗闇に溶けていくようにか細く消えていき、再び沈黙が訪れる。後輩に情けない姿ばかり見せてしまって、もうどっちが先輩なのかわかったものではない。
ごめんね、と心の中で深く謝っていると影山くんの足がピタリと止まった。

「土曜の試合、紬さんも来ますよね」
「うん…?ん、行くと思う」

私はまだ仮入部だけど正式な部員と同じく部活があるときは全部参加するだろう。頷きながらどうしてそんなことを、と疑問に思っていると私を見下ろす視線とぱちりと合う。

「なら見ててください。俺、絶対勝つんで」

ブワ、…と、風が吹いた。
あたりは真っ暗のはずなのに一瞬だけ天色の空を目にした気がする。

まっすぐで強気な瞳から視線が外せない。中学のころから変わっていないバレーに対する熱意。でも私の知っているあのころの影山くんとはどこかが違ってすこしトゲがとれているような気もするけれど。
だからこそ伝わってきたストレートな言葉。どこにもぶつからず届いたそれは受け取った瞬間に霧が晴れたようで、私は自然と頷いていた。

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