13
ざくざくと地面を踏みしめる足音がふたつ。それはもちろん私と東峰先輩のものだ。
あれから自分の中で何かが決まったらしい先輩と一緒に体育館へと向かっている途中。先ほどのピリっとした顔付きのまま一歩一歩確実に前へと進む東峰先輩の背中はとても大きくて頼もしくて、私は自然と口角が上がる。
「ねぇ、白咲さん」
「はい?」
そんな中、ふと東峰先輩から名前を呼ばれた。落ち着いた低音の声にどうしたのだろうと返事をすると、歩いていた足がぴたりと止まる。
「だ、大丈夫かなあ…なんだよ今更とかお前のポジションもうないよとか言われたりしたら…!」
こちらに振り返ったその表情は緊張と恐怖がごちゃまぜになったように真っ青で、私は思わず目をまるくさせる。さっきまでの張りつめた空気は一瞬でどこかにいってしまった。
「だっ大丈夫ですよ!澤村先輩もみなさんも優しい人たちですし…!」
「うん、それはそうなんだけど…」
まだバレー部のみんなとは会ってから日は浅いけど、そんな厳しい言葉を使う人はいないと思う。でもずっと行っていなかったところへ赴くことに勇気がいるのはすこしわかる気がする。
「あっ、アサヒさんだ!それに白咲先輩も!」
体育館の目の前にさしかかったところで突然大きな声で名前を呼ばれ、東峰先輩はもちろんのこと私までビクリと大袈裟に肩が震えてしまった。
思わず声のしたほうに顔を向けると、体育館の窓の格子にしがみついて嬉しそうにこちらを見ている日向くんの姿があった。
そこの窓って結構高い位置にあったような…と思っていると、今度は体育館の扉が大きな音をたてながらガラッと勢いよく開く。
「なんだお前ら遅刻した上にデートかナメてんのか!」
「デッ…!?」
扉から顔を覗かせた金髪のお兄さんの言葉に東峰先輩は顔を青くしたり赤くしたりと忙しなくなる。
あれ、このお兄さん確か坂の下商店にいた人じゃ…?と疑問を浮かべているうちに話はどんどん進んでいったようで、東峰先輩も加わった町内会チームとの練習試合がはじまることになった。
「ありがとな」
「え?」
体育館の中へと入りみんながチーム決めをしている間、壁際でその様子をながめていた私に澤村先輩が優しげな声をかけてきた。
「旭。連れてきてくれたんだろ」
「あ、いえ…。たぶん私がいかなくても東峰先輩はここにきてたと思います」
ぎこちなく体育館の床を踏みながらコートへと歩いていく東峰先輩の背中をじいっと眺めた。
私はみんなが待っていると伝えただけで説得なんて大層なことはしていない。そもそも部活にこなかった理由を知らないのだからそれ以前の問題なのだ。
「東峰先輩を連れてきてくれたのは、きっと澤村先輩です」
「え、俺?」
きょとんと目をまるくする澤村先輩。
"もしまだバレーが好きなら"。その言葉をかけたのは澤村先輩で、東峰先輩はちゃんとそれを受けとめて考えていた。
説得はきっと難しいことだと思う。こうだと思いこんだ人の考えを他の人が変えるんだもの。安っぽい言葉じゃ絶対に響かない。
「だからすごいのは澤村先輩です」
「…ん〜〜、」
私がそう言うとなぜか先輩は視線を宙に投げて考えこんでしまった。何かおかしなことを言ってしまったのかと思ったけれど、その不安はすぐに振り払われる。
「それでいくとすごいのは俺じゃなくて他のやつらかなあ」
…ん?と私は首をかたむける。どういうことだろうと不思議がっていると澤村先輩はそんな私をみてすこしだけ頬を緩めた。
「スガは同じ三年だし、前に旭のとこに行ってるの見かけたんだ」
「説得しにですか?」
「たぶんな。あとは旭のこと呼び出してるのを見たってやつがいてさ。オレンジ髪と背が高いやつだったって。絶対それ日向と影山だろ?」
ちょっぴり可笑しそうに。でもすごく嬉しそうに笑みを浮かべる澤村先輩に私もつられて頬を持ち上げる。
「二年についてはとくに聞いてないけど、田中とかはああ見えて結構気にしてたんじゃないかな。西谷とも仲良いし」
薄々勘づいてはいたけれどやっぱり東峰先輩が戻らなかったのは西谷くんにも関係があったんだ。それに対して口出しはしないけど心の中で納得する。
澤村先輩の話を聞いて、そっかあ、とゆるりと噛みしめていく。コート内ではそろそろチームが決まりそうで、東峰先輩と菅原さん、そして西谷くんは町内会チームに入るらしい。
「みなさん、東峰先輩のことを待ってたんですね」
「そうみたいだな」
ちらりと澤村先輩の表情を盗み見る。その視線はコート内にいるみんなに向けられていて、どこか安心したようなやわらかい笑みをほんのりと浮かべていた。
部活ってこういう感じなのかな。
中学のときはたまに手伝うだけで毎日じゃなかったからこんなふうに内部事情を知る機会はほとんどなかった。
私はただのお手伝いさんだから、深いところまで首を突っ込まないと無意識に線引きをしていた。それは今も同じで仮入部だから詳しい事情までは向こうから話さないかぎりは聞かないようにと。
それでも伝わってくる仲間というもの。今すぐにできないことはまわりが補って、誰かが欠けたときもみんなで説得しにいく。
東峰先輩はすごく不安そうにこぼしていたけれどそんな不安なんて全くする必要のないくらいまわりからの期待や信頼が大きい。
「大地〜、はやくやろー!」
「大地さーーん!」
「おー、今行く!」
チーム決めが終わったらしくそれぞれ準備も整ったところで澤村先輩は菅原さんと田中くんに呼ばれていた。返事をしたあと、気合いをいれるためなのか一度深呼吸をする。
「じゃ、いってくる」
「頑張ってください!」
「おう、さんきゅ」
先輩は軽く手をひらりとさせるとそのまま小走りでコート内へと向かっていった。
それはまるで舞台を見ているようだった。誰かが欠けてしまったら演劇ははじまらない。ひとりひとりにちゃんと役割があって、舞台に6人集まってはじめてかたちになる。
俺たちみんなで烏野男子バレー部。
まだまだぎこちない空気が流れる中、ピーッという笛の音とともに静かにその幕が上がった。