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〈近々、そっち行くかも〉

夕飯も食べ終えお風呂にも入ってあとは寝るだけだと自室のベッドでごろごろしながらスマホをいじっていたところ、ピロンという通知とともにそんな文章が目に飛び込んできた。
何の話、とメッセージアプリを開いてみたけれど、とくに前後に文章はなくその一言だけがポンと送られていた。

送り主は私の幼馴染。小学生のときによく一緒に遊んでいた子のうちのひとり。私がバレーボールに触るきっかけになったのはこの幼馴染たちによるものだ。

私がこっちに引っ越してからはたまに連絡はとるものの一回も会ってはいなかった。
旅行しにくるということだろうかと思い、わかったという意味のスタンプを送り返す。
久しぶりに会えるかもしれないと思ったらちょっぴりの緊張もあり、今日一日ダメダメだった暗い気持ちがすこしだけほぐれてきて、スマホをぎゅっと握りしめた。





次の日の放課後、私は掃除当番だったために体育館へ向かうのがいつもより遅くなった。予め先輩たちには伝えてあるので遅刻ではないけれど私の足はぱたぱたと急ぎ足だ。

通り道にいる人たちにぶつからないように気をつけながら地面を蹴ってたどり着いた体育館。すでに中ではボールが跳ねる音や床をキュッとすべる音が聞こえている。
未だに仮入部の身としては途中から参加するというのはすこし入りにくい気持ちはあるけど、思い切って扉をガラリと開けた。

「、え」

勢いよく何かが私目掛けて飛んできた。その物体がなんなのかを理解する間もなく一瞬で体が固まってしまい、避けるということを忘れた私は迫るソレを呆然と眺める。

ぶつかる。
そう思った瞬間、私の視界は誰かの背中で覆われた。

「よ、っと!」

ポーン!とボールが返される綺麗な音。自然とそれを目で追っていけばそのボールはおおきく弧を描いていき、相手コートへ吸い込まれるように落ちていった。

「大丈夫か…ぅえっ、女子!?」

今何が起こったのか考えるよりも前にその声に反応して若干顔を上げるとひとりの男子生徒が目を丸くさせながら私を凝視していた。





「すみません、俺がレシーブミスっちゃって…」

体育館のすみっこで山口くんはがっくりと肩を落とす。今は水分補給のための休憩時間で、レシーブの際に指を変にぶつけてしまった山口くんにテーピングを巻いているところだ。

「大丈夫だよ。ぶつかってないから」
「山口はもう少し腕をスッ、ポン!ってやればいけるぞ!」
「すっぽん…?わ、わかりました…?」

目をぱちくりさせながらも頷く山口くんにその説明では絶対に伝わっていないだろうなあと思いながら私は苦笑いを浮かべた。

その飛んできたボールを見事に返したのは西谷くん。いろいろあって今まで部活は禁止中だったらしく今日やっと戻ってこれたそうだ。
そのいろいろというのがとても気になるけれどあまり聞かないほうがいいかと思い、とくに聞き返すことはしなかった。

「…よし。これでできた、かな?」
「ありがとうございます!」

山口くんの指に巻かれたテーピングは一応ちゃんと出来てはいるけど、そんなに回数をこなしてきたわけではないために巻き方これであってたっけ…と不安になる。
上手くできていなかったらどうしようなんて考えていると、近くでドリンクを飲んでいる月島くんをみつけて思わず呼び止めた。

「月島くん!ねっ、これ大丈夫だと思う…?」

慌てる私に何事だと思ったのか一瞬わずかに目を丸めるけど、山口くんの指を見て納得したようでじっくりとそれを見下ろした。

「まあ、大丈夫なんじゃないですか」
「ほ、ほんと?」
「綺麗ではないですけど」

うぐあ…!
ぐさりと刺さった一言でとても胸が痛い。そ、そっか。やっぱり綺麗にはできなかったか。
昨日から月島くんにはダメなところばかり見られている気がする、なんて山口くんに続いて私もしょんぼりと落ち込んでいると、「俺もそんな綺麗にはできねーから安心しろ!」と、わははと笑う西谷くんに慰めになっているのかはわからないフォローを頂いた。


「そーいや白咲って新しいマネージャーか?」

一通り笑ったあと思い出したかのように私をみる西谷くんが持っていたボールを器用にくるくると回しながらきょとんとした。そういえばまだ名前しか言ってなかったと首を横に振る。

「ううん、違うよ」
「…ん?」
「え、っと…仮入部で」
「ああ、なるほどな!」

まだ正式なマネージャーにはなっていないからその質問にはどうしたって先に否定が入ってくる。当然そうなればじゃあなんでここにいるんだという疑問が浮かぶわけで、仮入部の単語を聞いてやっと納得したようだ。

西谷くんは話しながらボールを腕でポンポンと弾ませている。私がやったら腕に当たった瞬間どこかへ飛んでいっちゃいそうなのに、もちろんそんなことはなく綺麗に腕に落ちては跳ねてを繰り返していた。

すごいなあとなんとなくその光景を眺めていると、跳ねたボールをパシッと両手で掴んで私に満面の笑みを向けた。


「バレー、楽しいよな!」


ひゅ、と空気が短く喉を通りぬけた。
まわりの音が、なにも聞こえなくなる。
目の前の笑顔が直接飛び込んできて、それになんの反応もできない。

次第に西谷くんは面をくらったかのようにぱちりとまばたきをして不思議そうな顔をする。山口くんも同じ表情を浮かべて首をかたむけていた。月島くんだっていつもよりすこし眉根を寄せてじっとこちらを見ている。

ど、うしよう。
今からそうだね、なんて答えても明らかに間があきすぎて嘘に聞こえてしまいそうだ。
何て返せばいいのだろう。本当は頷きたかったけどそんな前向きなこたえを正直に口にできる自信が、私には…、

「紬さん」

突然名前を呼ばれてハッと我に返る。顔をあげて声の主のほうに視線をむけると、向こうも私をじっと見下ろしていた。

「か、げやま、くん」

私の声は自分でも驚くほどに上擦っていた。どうしたのだろうと私が人のことをいえる立場ではないけど、何か用事かなと思っているとその切れ長の双眸は困惑したように泳ぎはじめた。

「あー…えっと、俺も指がアレなんで、テーピングいいっすか」
「指がアレって何」
「う、っるせぇなボゲェ!…ボゲェ!」

すかさず月島くんが吹き出して笑いを堪えながら指摘すると影山くんはカッと目を吊り上げてボゲェを連呼する。その流れが面白かったらしく西谷くんも山口くんもつられて笑っていた。

ぱち、とまばたきをして私はゆっくりと呼吸する。すこし驚いたけど影山くんも怪我をしたってことでいいんだよね…?
でも影山くんが突き指ってちょっと珍しいかもと思いながら差し出された手を刺激しないようにそっと触れた。

「どの指?」
「え、あ…ぜッ全部で!」
「全部!?」

どういうぶつけかたをしたの影山くん。
よっぽどとんでもないスパイクに当たってしまったのかと思っていると、視界の端で月島くんと山口くんがまたしても必死に笑いを堪えているのが見えた。

私も思わず声を荒らげてしまったけど、ぶつけてしまったのならちゃんと処置しておかなきゃと丁寧に巻いていく。

その間はとても静かだった。西谷くんは田中くんに呼ばれて行ってしまったし、月島くんと山口くんももう用事は終わったということで私たちからはすこし離れていた。

ひとつひとつ巻いていたときある事に気づいて、あ、とほんのすこし目を見張る。

「影山くん、爪綺麗だね」
「…手入れ、してるんで」
「そうなんだ。バレーのために?」
「…はい」
「そっか、すごいなあ。あ、痛かったら言ってね」
「……はい」

なんだか影山くんの声に元気がないように思う。というより歯切れが悪い。まあ私も人のことは言えないけどとさっきと同じことを思ってみる。
月島くんに言われたとおりあんまり綺麗にはできないかもしれないけど、放っておくわけにはいかないので慎重に、丁寧に巻いていった。





「王様、嘘下手すぎデショ」
「そうだね…」

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