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火曜日の放課後、青葉城西との練習試合のため私たちは用意されたバスにそれぞれ乗り込む。みんなが次々とバスの階段を上がる中、私はそれを一番後ろで眺めていた。学校のバスなんて何かの行事で遠出するときくらいしか乗らないからちょっぴり新鮮だ。

「紬ちゃん、隣おいで」

みんなに続いて階段を上がると奥の方から詰めて座っていったために前の方のみが空いていた。そしてそこに座っていた清水先輩から声をかけられ私は頷くと隣にゆっくりと腰を下ろす。

「もしかして緊張してる?」
「えっ。な、なんでわかったんですか?」
「顔が強ばってたから」

ふふ、と柔らかく微笑む清水先輩にすこしどきどきしつつバレちゃってたかと苦笑いを浮かべた。

「こうやって他校に行くのってはじめてで」

ずっと帰宅部だった私はそんな機会があるはずもなく。中学でもバレー部は他校に行ったり大会があったりしたらしいけどそういう場合は選手登録という事前に名前を提出しないといけないらしい。
なので当然お手伝いさんだった私では行けなかったのだ。

「私まだ仮入部ですけど行っていいんですか…?」
「うん。向こうの学校には紬ちゃんの名前も伝えてあるから」
「場違いなんてことは、」
「ないから大丈夫」

全部言う前に清水先輩に念を押されてしまった。そ、そうですか。大丈夫ですか。
緊張は相変わらずだけどここまで言われてしまえばさっきよりはだいぶマシになったと思う。それでもミスだけはしないようにしなければと思ったところで、最近の日向くんのことを思い出した。

日向くんも高校で初めての試合ということで私以上に緊張しているみたいでその様子は本当に心配になってしまうほどだったけど、今ならその気持ちがちょっとわかる気がする。

大丈夫だと思いたいと願っていると後方から「バス止めてぇぇぇ!!」と田中くんの叫び声が聞こえて私と清水先輩の会話は一旦中断した。
何事かと思えばどうやら日向くんが嘔吐してしまったらしく車内はパニックになっていた。

「…大丈夫、ですよね?」
「……うん。大丈夫」

最初の沈黙に何が含まれているのかは聞かないことにして、とりあえず汚れてしまった田中くんのジャージをなんとかするため私は用意してきたバッグの中からビニール袋を取り出すのだった。





青葉城西高校に到着してみんなでバスから降りると先生に断りをいれてから手洗い場を借りて汚れてしまったジャージを洗わせてもらった。洗剤があるわけではないので臭いまではなかなかとれないけどそのままよりは遥かにいいだろう。
その間みんなは体育館に向かったので私はひとりでバスに戻り洗い終わったジャージを風通しの良さそうなところに干した。


みんなと合流するために体育館へ行くと入口で黒いジャージの集団がいるのが見えたので慌てて小走りで向かう。その足音で気付いたのか田中くんが「あっ」とこちらに振り向いた。

「白咲!ありがとなっ…つか、悪いな、洗ってもらって」
「ううん、大丈夫。…あれ、日向くんは?」
「あー、あいつはトイレに…」

日向くん、さっきもトイレに行ってなかったっけと目をぱちくりさせる。まだ凄まじいほどの緊張は全くとけていないらしい。
心配になりながらも改めて体育館内に視線を戻すとそこではすでに青葉城西の男子バレー部の人たちが練習に励んでいた。

ここからでもわかる部員みんなの身長がとても高い。離れていても長身なのがわかるせいで遠近感がおかしくなりそうだ。

「…あ、」

そんな中で見知った顔を見つけてしまった。ほとんど話したことはなかったけど、その人は中学のとき私をマネージャーに誘ってきた先輩とよく一緒にいた人。
幸いこちらには気付いていないのか視線が合うことはなかったので、私は見つからないようにと目の前にいた黒いジャージの後ろにそそくさと隠れた。

「…なんで僕の後ろに来るんですか」
「ご、めん」
「………」

そのジャージの主は月島くんだったようで、高い位置から呆れた声が降ってきた。勝手に人様を盾替わりにしてしまって申し訳ない気持ちはあるのだけど、どうしても見つかりたくなかったのだ。

自然とこぼれた謝罪に月島くんは何も言わず、避けることもしなかった。小さなため息は聞こえてきたもののその身長のおかげで私の身体はすっぽりと隠れた。
まあ試合が始まればどうしたって私の存在はバレてしまうのだけど、今だけは許してほしいと月島くんに感謝した。





−−−






バチコーーン!

乾いた音が体育館中に響きわたり、それはコート内の選手も応援の声も全てが静まり返ってしまうほどの出来事だった。

相変わらず日向くんの緊張はとけないまま烏野と青葉城西の練習試合がはじまり、私はベンチでそれを見届けていた。
その緊張はプレーにも影響がでてしまいなかなかいつもの調子が出ないまま相手のマッチポイントで日向くんのサーブ。
ベチッと変な音がしたと思ったらボールは勢いよく前へと飛んでいき、見事に影山くんの後頭部へと直撃した。

ひっ、と裏返った声がでた。大丈夫なのかと目を丸くさせて影山くんを凝視する。
田中くんや月島くんは黙ったままの影山くんにケラケラと笑いながら煽っており、なんだかもうむちゃくちゃな空気だ。

そうだ、こんなときこそ何かあったときのためにタオルとか冷やすものを…!とカバンの中を探る。ええっと充電器、タオル、ドリンクの粉、ビニール袋、スコアボード、保冷剤……あれ?
ピタリとカバンを探す手は止まった。探し物は見つかったのでタオルと保冷剤を取り出すも私の視線は定まらない。

「紬ちゃん、影山大丈夫みたいだよ」
「…え、」

隣に座っていた清水先輩に声をかけられコート内に視線を戻すと、影山くんが日向くんに「とっとと通常運転に戻れ!」と喝を入れているところで、私はホッと胸をなでおろす。

でも別の問題が浮上してしまった。

「どうしたの?」

そんな私に気付いたのか清水先輩はきょとんとしながら覗き込んでくる。

「スマホ…」
「スマホ?」
「無い、かもしれなくて」

ポケットに入れておくのは落とすかもしれないと思ってカバンに入れたと思ったけど、今探してみたらお目当てのタオルなどはあったもののスマホが見当たらなかった。

「もしかして落とした?」
「あっ、でも別のどこかに入ってるかもですし…」
「どうかした?ふたりとも」

どうしようと話していると、近くにいた菅原さんが声をかけてくれた。「紬ちゃんのスマホが無いみたい」という清水先輩の説明に「え!?」と目をまるくする。

「スマホは…まずいよね」
「うん。個人情報入ってるし、盗まれたりしたら…」

物騒な想像に、でも間違ってはいない言葉に私はだんだんと青ざめていく。他のカバンに入っていればいいと言ったものの入れた記憶はないし落とした確率の方が明らかに高いと自分でもわかった。

「俺、一緒に探しに行くよ。こういうのは人手が多いほうがいいし」
「えっ」
「私も行く」
「え、待っ」
「よし!じゃあ三人で手分けして…」
「待って!…ください。それは大丈夫ですほんとに!私ひとりでさがすので!」

あれよあれと三人で探すことに話が展開してしまい私は慌ててそれを止めた。気持ちはありがたいけどふたりに来てもらうわけにはいかない。
菅原さんは今回は控えにいるとはいっても交替で入ることがあるかもしれないし、清水先輩だってマネージャーのお仕事がある。私個人のミスで先輩たちを振り回したくはない。

「いや、でも…」
「大丈夫です!ただ、探している間マネージャーのお仕事が…」
「そこは気にしなくていいから、任せて」
「……!すみません。いってきます」

清水先輩から頼もしいお言葉を頂いて、申し訳なさでいっぱいになりながらふたりに頭を下げる。
顔を上げて一目散に体育館を出ようとしたときにはちょうど第二セットが始まる声が響いていた。

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