06



三対三の試合も無事に終わり、澤村先輩、田中くん、日向くんと一緒に下校していた。今まではほとんどひとりか友人としか帰ったことがなかったためになんだか不思議な気分だ。
そんな中、隣で自転車を押している日向くんは鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌な様子だった。

「日向くん、楽しそうだね」
「はい!だって練習試合ですよ!しかも強いとこ!」

その興奮っぷりはこちらまで微笑ましく思えてきて私も自然と頬が緩んだ。

三対三が終わったあとバレー部顧問の武田先生から青葉城西と練習試合を組んだことを知らされた。私は全く知らないので反応できなかったけれどどうやらその学校は県ベスト4とかなり強いところらしい。
部活に入ったばかりでいきなりそんな強豪と、と怯む私とは違って日向くんはむしろ元気いっぱいだ。

それに、と私は日向くんの着ている黒いジャージに視線を落とす。
無事に勝ったということで罰もなく影山くんと日向くん、そしてもともと入部希望だった月島くんと山口くんはそれぞれ烏野高校排球部と書かれた真っ黒なジャージを受け取っていた。
何事もなく入部が決まってよかったと思う反面、ちょっぴりさみしい気持ちになったのは内緒。

私はまだ、入部するかどうか決まっていないから。


「そういえば白咲って影山と同じで北川第一だっけ、中学」

ふいに澤村先輩からの質問に私は首をかしげながらも返事をした。

「そっか、じゃあ知ってる人とかいるかもな」
「……?どうしてですか?」
「え?青葉城西は北川第一にいた選手たちがだいたいそこに通う学校って聞いたから…」

え。
突然の事実に私は目を丸める。所詮お手伝いさんだったからバレー部の進学事情なんて知るはずもない。
そう思った瞬間どうしようもなくひやりとしたものが背筋を走った。うわ、と思い出すのはマネージャーにならないかと誘われていたときのこと。

みんなにバレないように口元を引き攣らせながら歩いていると坂ノ下商店前で影山くんと菅原さんが話しているのが聞こえてきた。内容は澤村先輩が話していたこととだいたい同じ。

そうだ、影山くんからしたら複雑な状況になってしまった元チームメイトと練習試合をすることになるんだ。
気まずくないのかなとその表情を伺うものの、気にしていないというよりは勝つことを考えているようですこし不安は薄れていく。
…試合、どうなるのかな。


「はいこれ、白咲のぶんの肉まんね」
「え?」

ずいっと目の前に差し出された紙袋。部活後の空腹を満たしたくなるそれからはとても香ばしい匂いがする。紙袋の持ち主をゆっくりと目で追っていけば澤村先輩がニッと笑っていた。

「私、の?」
「うん」
「え!や、いいですよ…!私部員でもないのに」
「気にしなくていいって」

ケタケタ笑う澤村先輩に私はだんだんと困っていく。先輩のお金がもったいないと伝えるも、「もう買っちゃったし食べてくれないともっともったいないんだけどなあ」と返されてしまい、ぐぬぬ…となりながらもありがたく受け取った。澤村先輩、今ちょっとだけ圧かけましたよね…?

受け取った瞬間からいい匂いがさらに鼻をかすめる。ほかほかとしたそのあたたかさに頬を緩めていると、「ああ、そうだ」とまた声がかかる。

「それ食べながらでいいからさ、白咲もちょっと来て」




そう言われて私は坂ノ下商店の中にお邪魔する。レジ前では金髪のちょっぴり怖そうなお兄さんが「騒ぐなよ」とこちらに釘を指した。
お店の中にある小さなテーブルを囲っているのは澤村先輩、菅原さん、影山くん、そして私の四人。
何故私がここに呼ばれてしまったのかと、まだ一口しか食べていない肉まんの居場所がなくなってしまった。

「あー…そんな緊張しなくていいからな?食べながらでいいから白咲も聞いてくれると嬉しい」

澤村先輩がカバンからノートとペンを出しながら困ったように笑う。わずかにぺこりと頭を下げた私が肉まんにかぶりつくのと同時にミーティングが始まった。

主に話題は日向くんのポジションについてで、影山くんの意見も取り入れた結果MBに決定した。ポジションやバレー用語があまり詳しくない私は終始ぱちくりしていたけど、先輩たちが優しく教えてくれたので助かった。
あらためて試合にでるメンバーを見てみたけれど六人中半分が一年生だった。

「んー、いいんじゃないこれ?結構バランス良さそう」
「だな。まあ実際うまくいくかはわかんないけどな」

決まったメンバーに先輩たちは満足そうにノートを見つめる。たとえそこに自分の名前が入っていなくても菅原さんは真っ直ぐにそれを眺めていた。

今回の練習試合は影山くんがセッターとしてフル出場することが条件だと武田先生から聞いた。ずっと頑張ってきたのに入部したばかりの一年生にポジションをとられる気持ちは、帰宅部の私には想像がつかないけど決していい気持ちではないと思う。
でもそれを私がどうこう伝えるのは違うと思った。だって私はマネージャーではないから。


最後の一口の肉まんを食べ終え、包み紙を折りたたむ。おいしかったあと一息つくと、ぱちりと澤村先輩と目が合った。

「あ、ごちそうさまでした。おいしかったです」
「どういたしまして」

優しく微笑みながらのその言葉に自分の口元も、うへへ…と緩んでいく。ミーティングはもう終わったようで三人の視線がこちらに集まっていた。菅原さんなんて頬杖をつきながらにこにこしている。

「…なんですか?」
「んー?おいしそうに食うなあと思って」

それで見られていたのか。汚い食べ方してないかなとか食べかす落としたりしてないよねとか色々気になってしまいちょっぴり恥ずかしい。

「え、っと…あの、なんで私までここに呼ばれたんでしょうか」
「ああ、雰囲気を見てもらいたくて。部活後の感じとかミーティングの様子とか」

視線に耐えられなくなって話題を変えようと質問すると澤村先輩がこたえてくれた。本来だったら部活の後そのまま帰るつもりだったけど何故か私も一緒に帰ることになりずっと疑問だったのだ。なるほど、そういうことでしたか。

そうかそうかと納得していると、ふとまだ視線を感じた。それは影山くんのほうからで、そういえばミーティング以降ずっと喋っていない。

「………」
「………」
「…どした、ふたりとも?」

どことなく空気の悪さを感じ取ったのか菅原さんが見かねて間にはいってくれた。
な、んだろう。影山くんに何か変なことを言ったっけ。とりあえず喧嘩はしてない、ハズ。だってむしろさっきの三対三のあと声をかけてくれたし、凄かったっていったらちゃんと返してくれた。

「あ、いえ…なんでもありません」

自分に視線が集まったことに気付いた影山くんは一言そういうと、もうミーティングは終わっているためガタッと椅子から立ち上がってエナメルバッグを肩にかける。そして「肉まん、あざっした」と澤村先輩に頭を下げるとそのままお店を出ていってしまった。

静かになった店内に気まずい雰囲気が漂う。知らない間に私は何かをしてしまったんだろうか。怒っているようには見えない気もするけど、何分影山くんはいつも眉間に皺を寄せているからよくわからない。

「まあ、あんま気にしなくていいと思うよ?怒ってるわけじゃなさそうだし」

怒ってなさそうというのは菅原さんも私と同じ意見なようでそこだけはちょっとホッとした。再び影山くんが出ていった先を見つめる。もちろんその応えが返ってくるはずはないけれど。

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