05



土曜の朝、三対三の試合当日。とうとうこの日が来たと私も緊張してくる。だって影山くんにとっては負けてしまえば罰ありの試合だ。それでも絶対に勝つと言っていたのだから信じてあげたいけども。

みんなよりすこし早めに来て清水先輩と一緒に準備をはじめる。ドリンクやタオルなど一式揃えたあと試合中は清水先輩が笛、私はスコアボードを担当することになった。
だいたいこれで終わったかなとひと段落ついたところで、入口から「おース」「ちわーす」という声と共にみんなが入ってきた。

「あっ、白咲先輩!」

その中でも一際大きな声が私の名前を呼んだ。驚いてそちらに振り向くと、日向くんがぱたぱたと駆けてくる。でもハッとしたように、「…あ、で、デスヨネ!?」とビクついたので私は合ってるよと頷いた。

「影山から聞きました!中学でもマネージャーやってたって」
「んん…そう、かな?」

正確にはそのお手伝いなのだけど、今はあんまり説明している時間はないと思い曖昧に答える。
あれ、そういえばその影山くんは?とあたりを見渡すと、日向くんの後ろから少し遅れてやってきたのが見えた。

「影山くん、おはよう」
「…、っス」

なんだかあまり元気ではなさそうな様子に首をかたむける。疑問に思った私はこっそり日向くんに聞いてみると、影山くんに目を向けながら不貞腐れたように眉間にシワを寄せた。

「なんか昨日からおかしいんですよ。でもおれもよくわかんなくて」

その言葉にみんなから少し離れたところでひとり身体をほぐしている影山くんを見つめる。何があったのかはわからないけれど、その背中を見ていると今はちょっとだけ不安になった。





三対三は影山くん・日向くん・田中くん、もうひとつが月島くん・山口くん・澤村先輩というチーム分けになった。
本当はどちらにも勝ってもらいたいけれど、やっぱり気になってしまうのは影山くんのいるチーム。

目を見張る日向くんのスーパージャンプ。人間てあんなに高く飛べるんだっけと驚いたけど、それでも身長の高い月島くんはさらにその上からブロックする。
それが何度か繰り返され、その間に月島くんは何かと影山くんを"王様"と呼び煽っていた。

"王様"。
それは北川第一でお手伝いをしていたときに聞こえてきた言葉。でも私はたまにお手伝いに入るくらいだったからそれを聞いたのもほんの一、二回程度だ。
学年も違い、正式なマネージャーでもなかった私では突っ込んだことまで聞く勇気もなくてどういう意味なのかはわからずじまいだった。
ただなんとなく、その場の空気があまりよろしくないというのは肌で感じていた。

「なんで影山コイツが"王様"って呼ばれてるか知らないの?」

どうしてそんなふうに呼ばれているのかまで知らなったのは日向くんも同じのようで、それに応えるように月島くんは続けた。

その意味は、自己中の王様。横暴な独裁者。

一年前の中学総合体育大会、県予選決勝のときのこと。相手のブロックを振り切るために影山くんは速さを求めるトスを上げていた。けどそれは味方であるスパイカーさえ追いつくのは難しいようでまともに打つことが出来なかった。
チームメイトの反感をかっても速さと勝ちにこだわり続けた影山くんは聞く耳を持たず。

その結果、影山くんが上げたトスは誰にも拾ってもらえず、ベンチに下げられてしまった。


誰も、何も言葉を発することはなかった。広い体育館に響くのは月島くんの語る声のみ。
すでに高校生になっていた私はもうバレーには全く関わっておらず、まさかそんなことになっていたとは思わなかった。

「トスを上げた先に誰もいないっつうのは、心底怖えよ」

ぽつりと絞り出した影山くんの声は若干震えていた。こちらからはその表情は伺えないけどそれは今語られた"王様"の影なんてどこにもなくてひどく悲しげだ。
なんて声をかけていいのかわからない。そんな雰囲気で埋め尽くされたとき、「でもそれ中学のはなしでしょ?」と日向くんの明るい声が届いた。

「おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない」



日向くんの一言から空気が変わった。それは文字通り私の目の前で起こった。
今日の試合でずっとブロックに捕まり続けていた日向くんのスパイク。どうやって点を取ればいいのだろうと誰もが悩んだ末に影山くんが出した答えは"飛べ"という言葉だった。

一体何が起きたのだろう。日向くんが走り出してネットの前でジャンプする。あれ、でもまだトスが上がってないんじゃ…なんて心配して影山くんを見ようとした瞬間には相手コートへボールが叩きつけられていた。

思わずぽかんと口を開ける。試合形式の練習は何回かみたことがある。でもこんなに何が起こったのかわからないものは初めてだ。
それから何度もその技を試しては失敗、成功をくりかえし──…結果は影山くんたちのチームの勝利で終了した。


私の頭は未だにふわふわするばかりだった。試合形式は何度か見たことがあるのに、今日の試合はそのどれにも当てはまらない。
まるで夢でも見ていたかのようにぼけっとしていると、喜んでいるみんなの輪からひとり抜け出した影山くんがこちらへ歩いてくるのがわかった。

「どうでしたか、今の試合」

たくさん汗をかいて息を切らしている影山くんに改めて目を向ける。目を瞑ってスパイクする日向くんの打点に合わせるためには、かなり精密なトスが要求されるらしい。それを影山くんは維持し続けて成功させた。
相当疲れているはずなのに疲労よりも成功した喜びのほうが上回っているようで、試合前の様子がおかしいところなんて今はどこにもない。

「すごかった…!」

自分でもびっくりするくらい弾んだ声が響いた。他にももっと言いたいことはあるはずなのに、すごいなあ、かっこいいなあと子供みたいに浮かれた感想が真っ先に飛び出してきて、糸がほつれるように頬が緩んでいくのがわかった。

そんな溢れんばかりの高揚を抑えられないまま影山くんを見上げれば、驚いたように目をまるめて私を凝視していた。
あ、やっぱり褒め方が幼すぎたか…とすこし慌てるけれど、眉根を寄せて視線を彷徨わせたかとおもえば、ぼそりと「…あざス」と返ってきたので、私はますます疑問を浮かべるのだった。

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