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本格的なマネージャーのお仕事は自分が思っていた以上に忙しいものだった。
まずはみんなよりも前に体育館へきてドリンクの準備。練習がはじまるとその内容によってはタイムをはかったりスコアをつけたり、ボール出しやボール拾い。あとはタオルやビブスを洗濯したり、ドリンクは常に足りているかどうかをチェックしておかなければならない。

この仕事量を今まで清水先輩はひとりでやっていたのかと思うと、もう尊敬以外のなにものでもない。縁下くんが言っていたように、たしかにこれはマネージャーひとりではかなりキツいものだ。



こうしてマネージャーの大変さにひいひいしながら過ごしていると、気付いたらもう金曜日になっていた。
体育館から追い出された日から影山くんと日向くんは一度もここへは来ていないけれど、どうやら別の場所で練習しているらしいと小耳にはさんだ。
影山くんは勝つといっていたけど少なからず大丈夫なのかなあと心配になる。

そんなことを思いながら、私はカゴいっぱいに積み上がったタオルを体育館へと運んでいた。朝練で干しておいたものがやっと乾いたので、あとはこれを畳むだけ。
第二体育館に到着して中に入ろうとすると、扉の前でこちらに背を向けて立っている知らない男子生徒がふたりいた。あれ、誰だろう。

とりあえず入口が塞がれてしまっているために中に入れないのだけど、どうやらお取り込み中のようで声はかけられなかった。
なら終わるまで待っていようかなとふたりの背中を見上げていると、そのうちの黒髪の人が気付いてこちらに振り返る。

「あっ…す、すみません!ツッキー、俺たち邪魔になっちゃってる!」

その人はかなり慌てた様子ではしっこにはけていく。ツッキーと呼ばれた人も同じく気付いて振り返るとぱちりと目が合い、黒髪の人同様すこし端に避けてくれた。

「あ、白咲お疲れ!タオルありがとう」

中にいた菅原先輩が私に気付いてぱたぱたと駆け寄ってきた。そして私とふたりを交互に見比べて「紹介するね」と手のひらで指し示す。

「今日から入部の一年生、月島と山口。ほらほらっ、自己紹介!」
「月島蛍です」
「や、山口忠です!」

月島くんは落ち着きがあってとても背が高く、山口くんは緊張しているのかすこしたどたどしい中ぺこっと頭を下げた。
ふたりの紹介が終わったあと、「んで、こっちが、」と菅原先輩の視線が私にうつったのをみて、改めてふたりに向き直る。

「白咲紬です。学年は二年だけど私もまだ仮入部なので…えっと、よろしくお願いします」

同じくぺこりと頭を下げると、「よろしくお願いします!」「…どーも」とそれぞれ返事をしてくれた。





無事に今日も部活動の時間が終了し、全員で片付けにはいる。私もまずはビブスを回収しようとみんなのところへひとりずつまわっていた。

「菅原先輩、ビブスいいですか?」
「うん?ああ、ありがとう」

着ていたビブスを脱いで持っていたカゴに入れてもらう。あとまだ回収していないのは…とキョロキョロしていると、なぜか菅原先輩がじぃっと私を見つめていた。

「…先輩?」
「あのさ、試しに"スガさん"って呼んでみない?」

ぱちりと一度まばたきをする。どういうこと、と困惑して首を傾けていると、「みんなスガって呼ぶんだ俺のこと。だから白咲もどう?」と返ってくる。

一瞬だけ言葉に詰まる。友達ならまだしも会ってまだ一週間もたっていない男子の先輩をあだ名で呼ぶのはなかなか私にはハードルが高い。
ちらりと菅原先輩を見上げると、ちょっぴりわくわくしているような何かを待っているような表情をしていた。なんでそんな顔をするんですか…!

今ここで呼ぶだけならすこし恥ずかしいけど呼べないわけでもない。でも私はまだ正式なマネージャーではないのだ。本当に入部するかも迷っている段階で呼び方を変えるのは、もし入らなかったときを思うと申し訳なさのほうが勝ってしまう。

この数日間、先輩たちとはそれなりにはなしをしたけれど菅原先輩はとても優しい人だった。だから呼び方を強制するようなことはしないだろうし、これは単なるひとつの話題だというのもなんとなくわかる。
それに呼ばなかったら呼ばなかったでこのにこやかな表情が落ち込むかもしれないと思ったらそれもまた心苦しい。

うぐぅ〜〜…と心の葛藤を続けた結果、試しに一回だけならと私はぎゅっと拳を握って息を吸い込んだ。

「…す、」

がんばれと自分に言い聞かせる。同時にだんだんと顔に熱が集まってくるのがわかった。それは慣れないことをしているからだけど、ドキドキする気持ちまで溢れてくる。
あれ。ただ名前を呼ぶだけなのになんでこんなに覚悟をしなきゃいけないんだろう。

「す、…ス…!」
「こんなところで公開告白でもするんですか」

突然の第三者の声に私は目を見開いて顔を上げた。それは菅原先輩も同じのようで、「月島?」と声を上げる。

「え、何、公開告白って。なんのこと?」
「さっきからずっと"す"って言ってるんで」
「……、な!バ…っ!えっなんで!?」

月島くんの指摘に菅原先輩は一瞬キョトンとしたもののすぐに意味がわかったのか顔を真っ赤にさせて慌てている。どうしてそういうことになっているのかわからない私は目を白黒させるだけで頭が追いついていない。

「違う違う!スガ呼びどう?って聞いてただけだから!…あ、月島もどう?」
「遠慮します」
「え〜〜〜」

先輩相手でもそう返せてしまう月島くんに度肝を抜かれる気分になる。私より歳はひとつ下のはずだけどなんだかすごく大人っぽく見えるのは気のせいだろうか。
そんな月島くんをぼけっと眺めていると眼鏡の奥の視線が私をとらえた。

「僕はこれを回収してもらおうと思っただけなんで」

そういって差し出してきたのはビブスだった。あ、そうだ忘れてた。あと残り一着だけだったけど月島くんのだったかと思いながらカゴを差し出すとそれを中に入れてくれる。

「じゃあ続きはご自由に」

月島くんは少々呆れた顔をしつつも軽く頭を下げてこの場を去っていった。その後ろ姿を微妙な空気のまま私と菅原先輩はぽかんと眺める。

「なんだかものすごい勘違いがうまれたような…?」
「いやあ、うん。さすがに違うってわかってると思うよ」

そうかな、それならいいけど。
ちらりと横目で先輩の表情を伺うとまだほんのりと頬が赤くて、ジャージの胸元を掴んでぱたぱたと仰いでいた。

結局あだ名呼びの流れはここで途切れてしまい、実際に呼ぶことは叶わなかった。でも私にとっては慣れていないこととまだ部員ではないことの二重の意味でハードルが高いので、せめて菅原さん呼びにしようかなあ思いました。



「なあ大地ー、菅原先輩と菅原さん呼び、どっちのほうが砕けた呼び方だと思う?」
「一緒だろ」

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