01



「白咲さんて、バレーとか興味ある?」

授業終わりのちょっとした休憩時間。移動教室というわけでもなく、机に教科書やノートを準備したままぼうっと頬杖をついていると、ふいに声をかけられた。




あたたかい日差しの中、淡い桃色の桜がひらひらと自由に舞っている。この季節は毎年校内はにぎやかで、それでいてすこし浮かれたようなそわそわしたような、学年が変わるということにまだ実感がわかないでいた。

なんとなくいつも以上に他のクラスの生徒たちの出入りが多いなあなんて思う。何かあったっけ、と眉根を寄せているときにかかった声。

え、と顔を上げて目に入ったのは入部届とおそらく手描きであろう部活紹介のポスター。そうだ、こんなに賑やかなのはみんな新入部員の確保に必死だからなんだ。
そう、納得はできたのだけど。

「え、っと…なんで私?」

差し出された二枚の紙にどうすることもできずぎこちなく言葉を紡げば、あー…と同じく困った顔をされる。

「部員をさ、集めてるんだ」

どうやら例年に比べて入部する人はどんどん減っていてマネージャーについても今は三年の先輩がひとりいるだけのようで、来年になったら誰もいなくなってしまうことからかなり厳しい状況らしい。

「私、二年だけど…」
「うん、それは知ってる」

新入部員をさがすはずの季節でなぜ私が声をかけられたのか戸惑っていると、声の主である縁下くんはちょっぴり可笑しそうにくすりと微笑んだ。




−−−





無理強いはしないけど、もしよかったら。

そんなことを言われてしまえば要らないなんて言って返せるはずもなく受け取ってしまった二枚の紙。春という季節にそわそわした気持ちなんてどこかへ消え去り、うーーーん…と唸り声を出してしまいそうだ。

バレーに興味はあるか?
その質問の答えは、ないわけではないけどあるわけでもないという非常に中途半端なものだった。

放課後になり帰る準備をして白紙の入部届を手に持ったまま教室を出る。どうしようか、と小さく息をこぼしながら歩いているとあっという間に昇降口にたどり着いた。

きゅ、と唇を結ぶ。ここで靴に履き替えて帰宅してしまったらもう二度と何も無いかもしれない。
そんな考えが浮かんでおそるおそる方向転換する自分の足に不安が募っていく。今自分が何をしようとしているかの自覚なんてほとんどなかった。





「「はぁぁああぁッ!?」」

ゆっくりとした足取りでバレー部がいるであろう第二体育館に向かうと、男子生徒二人の叫び声が響いてビクリと肩が震えた。え、何!喧嘩…?喧嘩!?
目を丸めて声のするほうへ歩いていくと、ジャージを着た男の子二人が閉まっている体育館の扉にむかって何やら色々と叫んでいる。

「い、入れてください!バレーやらせてくださぁい!仲良くしますからぁぁ…!」

橙色の明るい髪をした子が扉にすがりつくように嘆いている。隣の背の高い黒髪の人もなんだかそのままかじりつく勢いだ。

うわあ、どうしよう。明らかに私がそこへ行くのは場違いな気がする。困ったなあと眉をへの字に下げていると、ジャリ、と地面を擦る音で気付いたらしい橙色の髪の子がこちらに振り向いた。

「…え?」
「えっ」

素っ頓狂な声を上げるその子につられて私も変な声が出てしまった。お互い固まってしまいどうしようかと思っているとガラリと体育館の扉が少しだけ開いて、そこからおそらくバレー部の人がちらりと顔を覗かせた。

なにやらその人とのやりとりを見ているうちにこの場にいるのは気まずくなってしまった。やっぱり私は帰ったほうがいいのかもしれない。
何も今日結論を出さなきゃいけないわけではない。きっといつでもいいんだ、よね。
なんとか自分を納得させて身を翻そうとすると、「…あれ、」と誰かが小さく声を零した。

「君も、もしかして入部希望の子?」

扉からこちらを覗いてた人が私に気づいたようで、踏み出そうとしていた足はピタリと止まる。
その声にぎこちなく振り返って、でもまだなんの答えも出せていない私はぐにゃあっとした気持ちのままゆっくりと首をかたむけた。

私に注目が集まったところで橙色の髪の子の隣にいた黒髪の人もこちらに振り返る。ぱち、と視線が合うとその切れ長の双眸は次第に見開いていった。

「紬さん?」
「か、影山くん?」

それ以上何も言わなくても、どうして、という言葉が伝わるくらい私たちは同じ表情を浮かべていた。

BACK
- ナノ -