しとしとと降り続く雨。下駄箱から外に出てみたはいいものの、どんよりとした分厚くて重い灰色の空からは一向に眩しい光なんて見えてこない。これは止まないなあなんて私の表情もため息をつきながら曇っていく。

「そこ突っ立ってんじゃねぇ邪魔だクソが」

うわあ。
どうやって帰ろうか悩んでいるときにとどめを刺すような一言にさらに気分は沈んでしまう。声を聞いただけで振り向かなくても爆豪くんだということがわかった。でも私がここにいるせいで出入口を塞いでいたのは確かなので、ごめんねと謝って端に寄ると隣からバサッと傘が開く音。

カラスみたいに真っ黒ですこし大きめの傘は爆豪くんをすっぽりと覆って影が落ちる。アイボリーの髪や鮮やかな赤い瞳は、この空と傘の影を纏っていつもとは違う落ち着いた印象を受けた。

は〜〜いいなあ、ちゃんと傘持ってきたんだ、えらいなあ、なんて羨ましそうな視線に気付いたのか、いつまでも帰ろうとしない私を横目で見てハッと鼻で笑う。

「忘れたんか」
「……忘れました」

何を、なんて主語がなくても伝わってしまう会話。傘に入れてくれないかなあとも思ったけど同じクラスとはいえそこまで仲がいいというわけでもなく、用事があるときにちょこっと話す程度だ。それに本人には言えないけどいつも怒鳴っている姿を見かけるから私は爆豪くんがちょっと苦手だったりする。

そんな彼から視線を逸らしてどうしたものかと思いながらきょろきょろしていると、今まさに帰ろうと下駄箱にやってきた緑谷くんを見かけた。あ、緑谷くんなら傘入れてくれるかな?

「みど……っぅぐえ!」

さっそく声をかけようと手を振ろうとしたところで後ろから襟元をグイッと掴まれて変な声が出た。な、何!なんで急に引っ張ったの……!
驚いてぐるんと振り返った瞬間に、スッと私のほうに傾けられた傘の柄と落とされる大きな影。

「…………」
「…………」

一瞬で怒りが消えて何も言えなくなってしまった私に対して爆豪くんも何も言ってくれない。傘を持っている手元からゆっくりと柄をたどって顔を上げたけれど、その先の赤い眼は降り続いている雨の中に向けられていた。そのために私に傾いている傘がとても異様な光景にうつってしまう。

なぜ私に傘を、なんて聞くこともできずぱちぱちとまばたきを繰り返すだけ。てっきりそのままひとりで帰るものだと思っていたからこんな行動に出るとは予想外だ。確かに傘に入っちゃだめなんて言われてはいないけども。

仲良くはない、のに。ちょっと話したことがある程度、なのに。でも、だからこそなのかと改めて気づく。
口も態度も良いとは決して言えないけれど、それでも彼だってトップヒーローを目指しているひとりの生徒なんだ。困っている人がいたら助けてくれる……とは言っても、今のこの状況は完全に私の都合のいい解釈なんだけど。そうだったらいいなあ、なんて。

どこかに消えてしまった怒りはかわりにふわふわした気持ちを連れてきた。意外すぎる爆豪くんの行動に口元が勝手にゆるんでしまい抑えられなくなる。

「何ニヤけてんだ、キメェんだよ」

……やっぱり言うことは優しくない。
それでも爆豪くんが一歩足を踏み出せば私も一緒についていくしかないわけで。




少し雨脚が強くなってきた中でぴちゃんぴちゃんと水溜まりの上を歩く音が混じり合う。これじゃあちょっと歩いただけでもすぐにびしょびしょになりそうだなあと思ったところで「おい」とかけられる声。

「てめぇの家、どっちだ」

……わあ。なんて、アホみたいに口が開く。見上げた先には眉根にシワを寄せたしかめっ面が私を見下ろしていた。

今度は気付かれないように、ふふ、とちいさく微笑んでみせる。こっち、と帰り道を指させばその足は迷わずそちらへと向かって歩き出してくれた。


まだまだ止みそうにない雨の音は会話のない私たちの隙間を埋めてくれる。ちらりと横目で爆豪くんを見上げるとその先に伸びた傘の骨組みからぽたぽたと流れ落ちていく雫が彼の肩を濡らしていた。
そこからぐるりと半円を描くように反対側を向けば、私の肩よりも先で傘の留め具の紐が歩みに合わせてゆらゆらと揺れている。そこから流れ落ちていく雫はぴちゃんぴちゃんと地面の水溜まりに波紋を描いていた。
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