「──…では、そのように皆に伝えて参ります」
「はい、お願いします」

ふわり、と畳の匂いがする一室でこの会話は行われていた。

本日の内番の担当。刀剣も少しずつ増えてきて毎日やることも多くなってきたために、馬当番や畑当番、炊事洗濯もそれぞれみんなで分担するようになったこの本丸での生活。今日もいつものように長谷部さんに役割分担を記載した紙を渡すと胸に手を当てて綺麗なお辞儀が返ってきた。

長谷部さんが部屋を出てまたひとりになったところで私は目の前の仕事を一旦止めて思考を巡らせた。彼はたとえ近侍でないときでも私の身の回りの事をよくしてくれる仕事熱心な刀剣だ。部屋の掃除だったり、今みたいに言伝を頼まれてくれたり、私の仕事が膨大なときは手伝ってくれたり。何でも出来るしむしろ自分からやりたいと言ってくるので無下にもできない。

ただ、ちょっと…、

「休んでもらいたいな…」

私の小さな声は誰にも届くわけがなく静かに溶けて消えていった。


私が見る限り、就寝のとき以外はいつも何かしら動いている気がするのだ。一息いれたって全く問題はないのだけど、長谷部さんはそれをしない。前に一度、主の特権を使って"お仕事禁止命令"を下してみたのだけど、"主にはもう俺は必要ないということでしょうか…"と本気でショックを受けた顔をされてしまい、元の長谷部さんに戻るまでかなり苦労したので、できれば他の方法があるといいんだけど…。

ぐるぐると考えたところで、何かがポンと閃く。万事屋…万事屋にいったら癒しグッズみたいなものとかが売っていないだろうか?癒しというと、アイマスクとか、肩たたきとか…あ、アレもいいかもしれない。
そう思いついたらいてもたってもいられなくて、身支度を整えて部屋を出た。普段どこかへ出かけるときは必ず近侍か、忙しければ他の誰かが着いていくことになっているけど、今回は秘密で行くわけだからできれば一人で万事屋に行きたい。今月の近侍は安定くんだ。特に彼には見つからないように…、

「何ひとりでコソコソしてるの主?」

秒でバレた。



「へー、贈り物かあ」

みんなには内緒で行こうとしたところで結局安定くんに見つかってしまい、二人で万事屋に来た。食材から雑貨までなんでも置いてあり色々と目移りしちゃうくらいの品揃えだ。

「私が選んだもので大丈夫かな…」
「うーん…主がくれたものなら何でも盛大に号泣すると思うけど」
「そんなに嫌なの…?」
「えっ、いや違う違う!そうじゃなくて!」

号泣と聞いてサッと青ざめる私だけどさらに慌てた安定くんが首を横に振るのでホッと胸をなでおろした。

「買うものって決めてるの?」
「うん、一応」

お店の奥にまで進んで目に付いたもの。あったあったと手に取るそれは小さい巾着。長谷部さんは紫が似合いそうだからと、赤い紐で蝶々結びしてある紫色の巾着を選んだ。金色で桜の刺繍もはいっていて、なんとなくこれが一番長谷部さんぽい。

「それって匂い袋?」

私の手の中のものを覗き込む安定くんにコクリと頷く。この紫色の匂い袋は桜の香り。甘過ぎず派手すぎないほんのりとした匂いがする。刀剣、といっても性別は男性だし可愛すぎるのも長谷部さんの印象には合わないと思ったのでこれを選んだのだ。
お目当てのものが見つかった私はゆるりと顔を綻ばせたけど、隣でじっと匂い袋を見つめる安定くんに目を向けると彼は少々唇を尖らせていた。

「いいなあ、僕も欲しい」
「安定くんも桜の香り好きなの?」
「んー、というより主から貰えるっていうのが羨ましい」

とても素直な言葉に面を食らった私は目を丸くさせながら安定くんを凝視した。えっ、ど、どうしよう。とても買ってあげたいけど今はこの匂い袋を買うだけのお金しか持ち合わせがないためもう一つ買うことが出来ない。お財布を握りしめながらあわあわしていると、それに気づいた安定くんは小さく笑った。

「大丈夫だよ。主が出かけるときの財布の事情は知ってるから。買う予定の無いものを買わないように必要な分だけ入れてるんだよね」
「うぅ…はい」

せっかく欲しいと言ってくれているのに買ってあげられない申し訳なさに小さくなりながらしょんぼりするけど、安定くんはあんまり気にしていないようで、ふふっと笑みを零す。

「でも買いに来たのが僕じゃなくて清光だったら大変だったよきっと」
「どうして?」
「"ええ俺も欲しい!長谷部ずるい!ずるいよー!"って言うと思う」

清光くんの真似をしたのか、いつもとトーンの違った安定くんの物真似がすごく特徴を捉えていてそっくりだったため、私は少し吹き出してしまった。

「物真似上手だね」
「そりゃあ清光とはずっと一緒にいるからね」




安定くんと色々お話しながらのんびり本丸へと戻ってくると、玄関付近で何やら長谷部さんと清光くんが神妙な面持ちで会話しているのが目に入った。どうしたんだろう…私たちがいない間に何かあったのかな。そんなことを考えながら歩いていくと、こちらに気付いた長谷部さんは目を見開いてものすごい勢いで私のところまで走ってきた。

「主…!一体どちらにいらっしゃったのですか!」
「えっ、ええ…と、」
「書き置きもないのにお姿が見えず、本丸中を探し回ってもどこにもおられなくて…!」

そっか、慌てて出てきちゃったから置き手紙なんて書いていないし、着いてきた安定くん以外に出かけることなんて伝えてないから余計な心配をかけちゃったんだ…!

「長谷部ってば大声で本丸の中駆けずり回ってたんだよ?」
「当たり前だ!主に何かあったらどうする!それに加州も俺と同じようなことをしていただろう」
「わっわっ!何で言うの!?」

長谷部さんと清光くんの会話に再び小さくなる私がいます。困った、これではプレゼントどころではない。書き置きしなかった私が悪いのだけど…ど、どうしよう。
服の裾をぎゅっと掴んで悩んでいると、「主」と小声で安定くんに話しかけられる。何だろうと思って横を振り向けば、無言のまま指をさされる。その先にはさっき私が購入した匂い袋がある。こんな状況なのに渡しちゃっていいのかという意味を込めて視線を返すと、安定くんはにっこり笑ってそのまま頷いた。

こ、このまま渡す…、ええい、どうにでもなれい!

「あ、あの…は、長谷部さん、これ…!」

両手に乗せた匂い袋をサッと長谷部さんの前に差し出す。この怒られている状況で、そして改まってプレゼントを渡すという行為が少し恥ずかしくなってきて"受け取ってください"まで言葉が繋がらなかったことに更に顔が熱くなって悪循環。

「…これを、俺に…ですか?」
「は、い…。その、いつもお仕事だったり私の手伝いだったり忙しくしているのでお礼もかねて何かお渡ししたくて…!匂い袋なら小さいので普段持ち歩くこともできますし、匂いには癒しの効果もあるって聞いたことがある…の、で」

段々と尻すぼみになっていく私は中々顔を上げられない。今長谷部さんがどんな顔をしているかはわからないけど、私の手の中にあった匂い袋分の重さが無くなったことで、長谷部さんが受け取ってくれたのがわかった。

「主はこれを買いにいくために黙って行こうとしてたんだ。まあ僕はたまたま通りかかって着いて行ったけど」

私の言葉に付け足して事情を説明してくれた安定くん。みんなには内緒、とくに本人の長谷部さんだけには絶対にバレないようにしたかった。それが少し裏目に出てしまったようだけど、だっ、大丈夫かな…。

と、そこまで考えて未だに言葉を発しない長谷部さんが気になった。や、やっぱり勝手に外に行ったのは良くなかったかな…。それとも匂い袋なんてちょっと女の子っぽすぎたのかな…!
おそるおそる顔を上げて様子を伺うと、まず目に入ったのは私よりももっと大きくて無骨な手で優しく匂い袋に触れている姿。もともと小さい匂い袋がさらに小さく見えて、そしてそれを長谷部さんが手にしているという構図がちょっと可愛らしい。

「主が、俺に…贈り物を…俺のために…ああ…」
「は、長谷部さん…?」

両手で優しく包み込んだ匂い袋を自らの胸に当てて、ジーンと目元を赤くさせながら涙ぐんでいる長谷部さんに声をかけるも全く聞こえていないみたいで、目の前で手をかざして振ってみてもまるで気付いていない。
こ、これは…喜んでいると受け取ってもいい、んだよね…?目をぱちくりさせながら隣の安定くんに再び視線を向ければ「良かったね」と笑みを浮かべていたので、私もつられてへにゃりと顔に喜色が溢れた。

うん、とても良かったです。私にはこれくらいしか出来ないけど、いつも頑張っている長谷部さんに少しでも安らぐことのできるものが渡せたのなら。



「主…!有り難き幸せ!」
「ええ俺も欲しい!長谷部ずるい!ずるいよー!」
「すごいよ安定くん。一言一句一緒だった」
「清光ってわかりやすいね」
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