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「あ、音葉ちゃんおは…、えっ爆豪」
「あァ?」

教室のドアを開けると三奈ちゃんがこちらに気付いて挨拶してくれたものの、私の隣にいた人物に目を丸くする。
けどかっちゃんは一瞥するだけで何も言うことなく自分の席へと行ってしまった。

その様子を目で追っていた三奈ちゃんだけど、ふぅん…?と意味ありげに細められた目がじとりと私を捕らえる。

「珍しいねぇ、一緒に来たんだ〜?」

楽しそうに、でも怪しむような視線にギクリとした。悪いことをしたわけでもないのにどうしてか嫌な予感が拭えない。
何を言おうとしているのかがなんとなくわかるような気がして目をそらすも、三奈ちゃんは変わらずにっこにこだった。


それからしばらく予鈴が鳴るまでクラス内はとても賑やかだった。ほとんどの人が学校に来るまでにいろんな人に声をかけられたらしい。
やっぱりテレビってすごいんだなあと思っていると、チャイムとともに相澤先生が「おはよう」という声とともに教室に入ってきた。

体育祭当日はまだ顔も含めて包帯を巻いていたけどそれがやっと取れたらしく、なんだか久しぶりに先生の顔を直接見た気がする。

「今日のヒーロー情報学はちょっと特別だ」

心配していたことが安堵に変わる中、相澤先生の一言で再び緊張した空気が走る。もしかしてテストだったりして…と息を呑めば、その草臥れた髪から覗く双眸が鋭く教室内を見渡した。

「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」

その瞬間、わあああっとクラス内が盛り上がった。今回の体育祭を終え、プロからの指名がある生徒もいるらしい。まだ一年生の私たちにきた指名はほとんど興味に近いみたいだけど、それでも注目されたことに変わりはないのだ。

「──で、その指名の集計結果がこれだ。例年はこれよりもっとバラけるが…」

黒板に張り出されたのは数人の名前と、その横には指名数の書かれたグラフ。とくに一位の轟くんは4123票、二位のかっちゃんは3556票と三位以降との差がかなり偏っていた。

ふたりともすごい…と思いながら視線をずらしていくと見覚えのある名前が目にとまり、ぱち、とまばたきをした。

…あ。私の名前、ある。

「これを踏まえて、指名の有無関係なくおまえらには職場体験にいってもらう」

私たちはすでに襲撃事件で敵と戦闘の経験をしてしまったけど、職場体験でプロの活動を実際に経験して実りのある訓練をしようということらしい。そっか、だからヒーロー名が必要なんだ。

それから15分間、考える時間を与えられた。ヒーロー名の善し悪しは途中から教室に入ってきたミッドナイト先生が判定してくれるらしく、どんな名前が上がってくるのかと教卓の横で笑みを浮かべていた。

ヒーロー名、かあ。どうしようかなと配られた白いボードを眺める。相澤先生がいうには名前をつけることで将来へのイメージが固まり、そこへ近づいていけばまさに名は体を表すことになると言っていたけど。



15分後、名前は発表形式ということでひとりずつ前に出てお披露目することになった。みんなはそれぞれユニークでそれでいてとても魅力的な名前を考え出している。

う〜〜〜ん…どうしよう。眉を寄せながら唸っていると前方からガタッと椅子をひく音がした。いっくんの発表かなと顔を上げると教卓に立てられたボードには"デク"の文字。
一瞬、えっ…と思ったもののそのまっすぐな目は揺るぎなくてとても明るかった。

そっか、いっくんはそれに決めたんだ。
私は…どんな名前にしよう。

「音葉ちゃん、どう?決まった?」

再び自分のボードに視線を落としていると、いつの間にか戻ってきたいっくんが私のボードを覗き込む。でももちろんそこには何も書かれていなくて真っ白だ。「悩み中?」と確認するように聞かれてゆっくりと頷く。
どうやらまだ決まっていないのは私とかっちゃんだけみたいだった。

「みんなで案出しするか?」

そんなとき私たちの会話を聞いていたらしい切島くんが提案してくれた。「ヒントとかになるかもしんねーし」と続けるとまわりもそれに便乗して、賛成の声が上がってくる。

「一番考えやすいのはやっぱ個性だよね」
「ああああっ!って超叫ぶやつ?」
「うん、それそれ」

確かにほとんどが自身の個性をモチーフに名前をつけている人が多いかもしれない。

「俺の烈怒頼雄斗レッドライオットみたいにすんのとかは?」
「え、三声にそれはイカつすぎね?!」
「そうじゃねーよ!憧れてるヒーローからとるのはどうかってことな!」

「本名をもじるんはどうかな?」
「あ、それいいね!可愛いのできそう!」

自分の話題でわいわいと賑やかな声が溢れかえる教室に気恥ずかしくなるものの、みんなが出してくれた案を頭の中で巡らせていく。
何から名前をとるなどいろいろ意見があったけど私らしいものっていうとどれだろう。


しばらく悩んだ末、思いついたものをボードに書き込んだ。緊張ですこし文字が不格好になってしまったけど、これでいい…よね。
ペンを置き、みんなが注目している中で教卓に向かいボードをコトン、と立てた。


"サイレント"


横からボードを覗き込んだミッドナイト先生がちらりと細めでじっと私を見つめた。

「かなり悩んでたみたいだけど、本当にそれでいいのね?」

今回の名前はまだ仮とはいえそのままプロ名として知れ渡る人が多いらしいので、しっかりと考えなきゃいけない。
これが私のヒーロー名になるんだと思うと、未知の世界に飛び込むようなふわふわと不思議な気持ちがあふれてきた。
緊張はするけれど、しっかりと頷く。

「フフ、とっても素敵な名前だと思うわ」

そんな先生の声と同時にみんなからもいいねと声が上がる。なかなか思いつかなくて悩んだけどみんながいろんな意見を出してくれたおかげでなんとか決めることができた。
パチパチと拍手が贈られる中すこし恥ずかしさもあるけれどありがとうという気持ちをこめて、へにゃりと口元を緩めた。


わたしのなまえ

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