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重い瞼をゆっくりと持ち上げる。でもすぐに眠気のせいで落ちかけ、閉じたり開けたりを何度かくりかえした。
漠然と視界にうつっていたものがやっと真っ白な天井だということがわかると同時に、ふわぁ…とおおきな欠伸がこぼれる。

「おや、起きたのかい。よく寝てたねえ、かなり体力消耗してたから」

優しい声が聞こえてきて、まだ完全に瞼が開ききっていない中でなんとか頭を傾けて声の主を探せば、思いのほかすぐ近くでリカバリーガール先生が椅子に座って何かの作業をしていた。

つん、と鼻を掠めたのは消毒液などの匂い。もしかしてここ、保健室…?とだんだん目が覚めてきて私はのっそりと起き上がった。

「一応治癒は済んでるよ。けどあんたの体力ほとんど残ってなかったから最低限ね」

やわらかい掛け布団に預けた自身の腕を見ればところどころに包帯が巻かれていた。怪我…と、ぼうっとする頭でその単語をくりかえしていると、「あぁ、それと」と再び口を開くリカバリーガール先生に視線を投げる。

「数日は声を出すのを控えなさい。かなり酷使してるみたいだから」

厳しめな声にやっと完全に目が覚めて反射的にこくりと頷いた。
そうだ、私…かっちゃんと戦って、負けて、担架の上で目を瞑ってたけど、そのまま寝ちゃってた…?

すこしずつさっきまでのことを思い出してはちいさく息をこぼす。私だって一位を目指していたのだから負けたのはとても悔しい。でもそれ以上に学ぶものが大きかった。かっちゃんとの対決はとくに。

…と、そこまて考えてハッとする。私、どのくらい寝ちゃってたんだろう!慌ててリカバリーガール先生にぺこりと頭を下げると、急いで靴に履き替えて保健室を後にした。





治癒はしてもらったものの完全に治っているわけではないために身体のあちこちが痛む中、薄暗い通路を走る。決勝戦はかっちゃんと轟くんの対決のはずだ。今どんな状況だろうと気になってひたすら脚を動かした。

出口まで進んでいくと実況の声や歓声がだんだんと大きくなっていく。それは今日聞いた中でも最高の盛り上がりを見せているようで、もう終盤なのかと私は急いだ。


息を切らしながら通路を抜けた先。ステージ上では最大火力といっていいくらいの爆破に自身で回転を加えながら轟くんに向かっていくかっちゃんの姿が見えた。対する轟くんも巨大な氷を背に左側から炎を溢れさせていたけれど。

…瞬間、轟くんは炎を静かに消してしまった。

激突した衝撃音とともにあたりに爆煙が広がっていく。さきほどまであんなに盛り上がっていた会場が嘘のように静まり返った。
だんだんと煙が晴れていくと、瓦礫のように崩れ去った氷の上で轟くんは気を失っていた。

どういう顔をしていいのか、わからなかった。結果はかっちゃんの勝ちではあるのだけど、騎馬戦のときから轟くんの様子は普段とは違って見えて、しばらくは目を離せなかった。





「っ、音葉ちゃ、…!」

試合が終わり、会場の熱気がすこし収まったところで観覧席にもどると、私の姿を目にしたいっくんが目を見開く。慌てた様子で席から立ち上がり、怪我の影響もあってか多少よろけながらもこちらへ向かってきた。

どうしてそんなに慌てているのだろうと首を傾けると、「、あ」と何かに気付いたのか、いっくんは一瞬ぎくりとした表情を見せた。けどすぐに眉を八の字に下げて心配そうな顔をする。

「……、お疲れ様。ケガ、平気…?」

私は目をぱちりとさせ、いっくんの身体に巻かれた包帯や吊られた腕に視線を落とした。全く同じ言葉を私も言えてしまうのになあと唇をきゅっと結ぶ。
明らかにいっくんのほうが重症なのに、と思いながらもこくりと頷くと、「そっか、良かった…」と心底ホッとするように息をついていた。

「あ、そうだ。そろそろ表彰式始まるみたいだからステージに移動しよう?」

そういわれてあたりをみると、観覧席にいた生徒たちはぞろぞろと下へと降りていくところで私たちもその後に続くようにステージへと向かった。





「それではこれより、表彰式に移ります!」

ミッドナイト先生の声に合わせて小さな花火がいくつか上がる。会場の中央には表彰台とそれを見届ける生徒たちが集まっていた。

そんな中、私はというと三位の表彰台の上に乗っており、会場全員からの視線がちょっぴり恥ずかしくて俯き気味だ。
ちらりと隣を見れば、口枷やら鎖やら両手までがんじがらめに拘束されつつそれを振りほどこうと暴れている一位のかっちゃんと、その奥には二位の轟くんがいた。

もしかしなくても今回の結果に納得できていないんだろうなあと暴れている理由はわかるものの、ガチャガチャと鎖を外そうとする金属音が延々と響き渡っており、私はすこし苦笑いを浮かべた。

本当は私のいる三位の場所には飯田くんもいるはずだけど今はここにはいない。下に降りてくる途中にいっくんに聞いてみたところ、どうやらお兄さんが敵にやられてしまったらしく、その連絡を聞いてすぐにお兄さんのところへ向かったらしい。

飯田くんのお兄さん…前に、飯田くんにとってヒーローを目指すきっかけであり憧れだと言っていた。そんな人が敵に…。大丈夫であってほしいけれど。

心配に思いながら眉を下げていると、メダルを贈呈するためにオールマイトさんが屋根から派手に飛び降りて来てくれた。
ミッドナイト先生から贈呈用のメダルを受け取ると、まずは三位からと銅のメダルを持ったオールマイトさんが私の前に立つ。

「三声少女」

名前を呼ばれると、メダルに繋がるリボンを輪っか状にして目の前まで持ち上げられたために、首にかけてくれるんだとわかった私はすこしだけ頭を下げた。

「おめでとう!君の必殺技、かなり強力だね」

しゅる、とリボンが首にかけられ、私の胸元では銅メダルが重たく光った。

必殺技、とは常闇くんやかっちゃんのときにみせた大きな四角のことだろうか。あれはとっさの思いつきでまぐれもいいところのために必殺技と呼んでいいものかと戸惑いはあるものの、オールマイトさんに褒められたことがとても嬉しくて、へへ…と口元を緩める。

「戦い方も悪くない。今の実力で確実にできることをひとつひとつ積み重ねていくってやりかたとかね」

一対一の場合、どうしても個性によっては優劣が生まれてしまう。自分より強い個性を持つ相手と戦うとき、どうしたら勝てるのかある程度作戦は考えていた。
もちろんそれはこの体育祭限定の場外というルールありきのものがほとんどだったのだけど。

褒められることにあまり慣れていなくて照れてしまい自然と足元に目がいくと、「ただ!」と強調するように言葉が紡がれる。

「…君はすこし、自信が無いようにみえる」

顔は、上げられなかった。俯いたまま足元を見続けていると、オールマイトさんの大きくてあたたかい手のひらが、ぽん、と頭にのる。

「今すぐにそれをつけるのは難しいかもしれないが、それでも君が三位ここに立っている事実は自分のために信じてあげような」

自分を信じてあげる…?
そういえば、レクリエーションのときにいっくんにも似たようなことを言われたっけ。

顔を上げると台のおかげで目線の高さが近くなったオールマイトさんがニッと笑っていた。なんとなく既視感があるものの、これが今後の課題なんだと思いながら私はゆっくりと頷いた。


それぞれのメダル贈呈は問題なく終了した。といっても一位になるという伏線を見事に回収したかっちゃんだけはやっぱり納得しておらず、ものすごーく激怒した表情でメダルを拒否っていたけども。
その後はオールマイトさんのお疲れ様でしたという言葉を耳にしながら体育祭は無事に幕を閉じた。

学ぶことがたくさんあった体育祭は私にとって変わるきっかけになったと思う。今日一日でなんだかすごい体験をしてしまったような、まだ実感がわかなくてすこしふわふわするけれど、間違いなく成長に繋がった気がする。

こんなふうに少しずつ確実に進んでいくことがきっとプロヒーローへの一番の近道なんだ。


ちょっとでも明日に

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