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きゅ、と唇を強く噛み締める。本日何度も聞いてきた歓声の中繰り広げられるド派手な試合。常闇くんとの対決が終わった私はその足で観覧席へともどり、次の対戦を見ている。

そして今、ベスト4が……決まった。




「……三声、大丈夫か?」

隣に座っていた上鳴くんが様子を伺うように私の顔をそろりと覗きこんでくる。視界に映りこんだ金色の髪にハッとすると慌てて噛み締めていた唇を緩めた。

ぎこちなく目を泳がせていると反対隣に座っていた響香ちゃんが、「まあ、次のアンタの対戦相手考えるとね……」と小さく息をこぼす。

「あー…爆豪だもんな……」

上鳴くんの視線がステージ上にもどり、つられて私もそちらに目を向けると、担架で運ばれていく切島くんと、ステージから降りてくるかっちゃんの姿が見えた。


今までの緊張とは、また違っていた。それが何を指しているのかは自覚はあるけれど、試合までの短時間にどうにかできるものでもない。
だんだんと視線が自分の膝へと下がっていくと、「……大丈夫」と響香ちゃんが私の肩に手を置いた。

「そう思うだけでも気持ち的に結構違うよ?音葉は色々考えすぎなとこあるから、まずはそんなもん一旦置いといて"大丈夫"って思っときゃいいの」
「根拠の無い自信ってやつな?」
「上鳴は黙ってて」
「何故!?」

なんかみんな俺の扱い雑じゃね?!と上鳴くんの嘆きを気にすることもなく、響香ちゃんは再び私に視線を戻す。

「上鳴のいうとおり根拠の無い自信だけどさ、ウチはそーいうの、悪くないと思うけどなあ」

いたずらっこみたいな笑みを浮かべた響香ちゃんは、いつものかっこいい感じよりも無邪気に見える。それが私の緊張をほぐすためだとわかり、私は気合いの意味で唇をきつく結んで立ち上がった。

頑張ってこい!と響香ちゃんに背中を押され、応援してるからな!と上鳴くんは手を振ってくれた。それに応えるべく大きく頷いて、私は控え室へと向かった。




−−−





響香ちゃんのおかげでさっきより気持ちが前向きになったとはいえ、緊張していないというわけではなく、ひたすら心の中で"大丈夫"を繰り返し呟いていた。

大丈夫、だいじょうぶ、だいじょーぶ。
……ダイジョウブってなんだっけ。

同じことを何度も繰り返すとそれがなんなのかがわからなくなってくることがある。今まさにその状態だと気付いたところでやっとたどり着いた控え室。
本当にこれは大丈夫なのだろうかとため息をこぼしながらドアノブに手をかける、

──が。
ガチャリという音とともに勝手に動いたソレ。ドアノブを掴み損ねた私はそのままよろけてしまい、中から出てきた何かにドン、と顔面を打ち付けた。

「お、」

頭上から短めの驚いた声がした。ひ、人…?人にぶつかってしまったのかと頭が追いついてくるころには、ぶつけた顔面がじんわりと痛かった。

「……三声?」

呼ばれた自分の名前に状況を確かめようとゆっくり顔を上げると、わずか数十センチくらいの至近距離から丸められたグレーとエメラルドの瞳が私を見下ろしていた。

まじまじとそれを見つめ返してみたけれど状況は変わらず。そしてようやくわかったのは、よろけてしまった私の肩を轟くんが掴んで支えてくれたこと。おかげで床とこんにちはをすることはなかった。

「顔、大丈夫か」

さすが鍛えているだけあってぶつかった私の方がダメージを受けており、主におでこや鼻のてっぺんが痛む。それに気付いたのかもしくはその部分が赤くなっていたのか、轟くんは指で私の前髪をさらりと避けた。

ぅひ…っ、と心の中であげたこともないような変な声があがった。わずかに触れた指がくすぐったくてちいさく肩を揺らすと、支えてくれた手がゆっくりと下ろされる。

「…悪い、気付かなかった」

その謝罪に私はぶんぶんと首を横に振る。ドアにはちゃんとガラスが付いているのに私も緊張のしすぎで、ドアの向こうの人影に全く気付いていなかった。

私のほうこそごめんなさいと頭を下げる。そして再び顔を上げて轟くんをみると、最初に宣戦布告したときの顔付きはどこへ行ったのやら、何か迷っているような顔で私を見ていた。


私たち以外誰も通らない静かな控え室前の通路。轟くんは次の試合だからそろそろということで控え室から出てきたのだと思うけれど、なぜか動こうとしない。
そして私は控え室に入るために来たけど轟くんがドアの前から動かないから中に入れない。

お互い口数が少ないからこの場が賑やかになることなんてなく、沈黙が続いている中で轟くんはずっと私から視線を逸らさないためにどうしていいのかわからなくなった。

こ、これはなんの時間……?と、耐えきれなくなった私はあちこちに視線をさまよわせる。何か話したほうがいいのだろうかと思ったところで、「……、三声」と絞り出すような声が聞こえた。

「お前は──」

やっと声が聞けたところで、次の試合のアナウンスが入った。お互いつられて天井に取り付けられたスピーカーを見上げれば、そこから轟くんと飯田くんの名前が呼ばれている。
それによって何かを言いかけていた轟くんは口を噤んでしまった。


ずっと怖い顔をしていた轟くんが、こんなにも口ごもって迷っている。そういえば騎馬戦のときからどこか様子が違っていた。

不本意だけど過去の話を聞いてしまった。父親の個性……つまり左側は使わないと言っていたのに騎馬戦のときに一瞬だけ、そしていっくんとの試合でもいままで抑えていた炎が溶けだしていた。

轟くんの中で何かが変わろうとしているのだろうか。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけれど。


私は手首のモニターに指をすべらせて文字を打ち込んでいく。もうすぐ試合がはじまるからシンプルに一言だけ。

〈がんばれ〉

轟くんにそれを見せればちらりと視線をモニターから浮かび上がるスクリーンに落としてくれる。いつもみたいに"あぁ"とか"おう"とか、そんな声が返ってくるんだろうなあと無意識に思っていた。

顔を上げた轟くんは私とは目を合わせなかった。その代わり何か思いつめているように、こくりとちいさく頷いた。


沈黙に堕としたもの

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