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《ヘイガイズ!アァユゥレディ!?》

マイク先生の実況の声が場内に響くと観覧席からは盛大な歓声が上がる。第二種目で騎馬戦を行った場所にはセメントス先生の個性で大きなステージが作られていた。

更衣室で着替えた私はA組が集まっている観覧席へと移動するともうほとんど席が埋まっていた。どこに座ろうと顔を覗かせると、「三声〜ここ来いよ、空いてっから!」と上鳴くんが自身の隣の席をぽんぽんと叩いていたので、みんなの足にぶつからないようにして進み腰を下ろす。
……あ。そういえばチアの服って上鳴くんも関わってたんだっけ。

隣に座ってから思い出した私はそろりと横目で様子を伺う。陽の光できらきらと輝く金色の髪の向こう側で、その目はステージ上へと注がれていた。
そんな上鳴くんをじぃ〜っと見続けていると「……え、待って。なんか視線感じるんだけど」と口元をひくつかせている。

「あ、あ〜……えっと、もしかしなくてもチアの格好のこと、だよな?」

おそるおそる絞りだした声に私はこくりと頷いた。なんて言おうかと迷っているのか、あ〜〜と小さく唸りながら頬をかいている。

「その、ご……ごめん、なさい!でも!すげぇ似合ってマシタッ」

手を上げろ、と言われたようなポーズで顔を青ざめた上鳴くんの口調はちょっとカタコトになっていた。冷や汗だらだらで焦っているし別に悪いことをしたわけではないので、これ以上は逆に申し訳ないと思い、手首の小型モニターに〈ありがとう〉と打ち込んだ。



いよいよ最終種目のトーナメントがはじまる。ルールはシンプルなもので、相手を場外へ落とすか行動不能にする、もしくは"まいった"と言わせたほうが勝ち。
ただし私たちはヒーローを目指しているので命に関わるようなものはアウト。あくまでも敵を捕まえるために戦う職業なので、そこらへんは審判であるミッドナイト先生やセメントス先生が判断するそうだ。

さっそく選手入場ゲートからいっくんと心操人使くんが姿をあらわすと、さらに大きな歓声が上がる。
ここからではステージまでの距離が遠くていっくんたちがどんな顔をしているのかはわかりにくいけど、なんだか私まで緊張してきた。

「どっちが勝つんだろうなあ。緑谷……って言いたいとこだけど心操ってやつの個性、俺知んねぇし」

隣で上鳴くんがすこし前屈みになりながらステージを眺めている。私はさっきいっくんと話していたけど、肝心の個性については聞いていない。尾白くんから忠告をもらったみたいだけど……それがどう影響してくるのだろう。

《レディィィイ……スタート!》

マイク先生の合図とほぼ同時にいっくんが走り出す。歓声もあって何を言っているのかは聞こえないけど、なぜか怒っているような……?

その直後、走り出したはずのいっくんの足がぴたりと止まる。あれ、と不思議に思えば、後ろにいた尾白くんから「っ、ああ!せっかく忠告したってのに!」と声が上がった。

「おい、緑谷のやつどうした!?ちっとも動かねーぞ!?」

反対隣に座っていた切島くんが驚きのあまりちょっとだけ席から腰を浮かす。私も今なにが起こったのか全くわからずまばたきを繰り返すだけだ。
合図と同時にいっくんが怒ったように見えたということは何かしら心操くんと会話をしたのだろう。尾白くんの慌てぶりを考えると、それが心操くんの個性と関係しているのかもしれない。

まるで時が止まったかのように両者一歩も動かない。でもそのすぐあとにいっくんがくるりと身を翻して場外まで歩きはじめた。……もしかして、人を操る個性、とかなのかな。
このままじゃいっくんが場外判定になってしまう。あの線を超える前になんとかしないと……!

もうすぐそこまで場外の線は迫っている。一歩、また一歩と確実に前に進んでしまうその足にはやく止まってと祈るように固唾を呑んだ。
あと一歩で場外、というところまで歩いてしまったとき、突然いっくんの左手が光ったと思ったらそこから何かが爆発したように強い風が巻き上がった。土煙がぶわりといっくんを包みこむけど、その足はぎりぎり線を超えず踏みとどまっていた。

今のはいっくんの個性、だよね。それで強制的に意識を取り戻したってことかな。

やっと自分の意思で動けるようになったらしいいっくんは険しい表情で心操くんに掴みかかる。それに対抗して心操くんも殴ったり掴んだりをお互い繰り返していたけど、最後は心操くんの腕を掴んで見事な背負い投げが決まった。叩き落とされた足が線を超えたという判定になり、いっくんの二回戦進出が決まった。



「……っは〜〜、緑谷も無茶すんなあ」

張り詰めていた空気がすこし落ち着き、やっと呼吸ができたかのように上鳴くんがため息をこぼす。しばらくして今度はゆっくりと深呼吸しはじめたので私が首を傾げると、「ん?……あー…いやさ、」と気付いてくれる。

「こうやって人の勝負見てっと、俺もマジで頑張んなきゃって思うんだよな」

ステージから降りてくる二人を見つめながら「やっぱ将来かかってるわけだし」と続いた言葉に私もきゅっと唇を結んでうなずく。そうだ、これはただの体育祭ではない。全国の人が、プロヒーローが見ているのだ。
もしかしたらこれをきっかけにプロへの道が拓けるかもしれない。自分を見つけてくれるかもしれない。そんなひとにぎりのチャンスを求めてみんな必死に一番を獲りにいっている。

「やっべ!今の発言かっこよくね?俺真面目!」

ちょっぴりおちゃらけたように声は弾んでいるけど、その表情は普段と違ってすこし硬い。

「緊張してんの丸わかりじゃねぇか上鳴」
「は、はァ!?してねーし!」

話を聞いていたらしい切島くんがからかうとすかさず上鳴くんは反論する。「ちょっと声上擦ってる」「上擦ってねぇ!」と二人の間に座っている私の頭上で言葉が飛び交うので、声が通りやすいようにすこしだけ身をかがめた。

一通り言いたいことを言い終わると、再び深呼吸をして「ッし」と気合いをいれた上鳴くんが席から立ち上がった。

「んじゃ俺、そろそろ控え室行ってくるわ」

上鳴くんの対戦は二回戦の轟くんと瀬呂範太くんの次だ。遅れないように早めに準備をするらしい。
でもさっきよりもだいぶ緊張がとけている気がする。切島くんとの言い争いがうまく気持ちを解してくれたのかな。

〈がんばってね〉

移動しようと前を通る上鳴くんに手首の小型モニターに打ち込んだ文字を見せると、ぱちりとまばたきをしたあとにニッと笑って「おう!見てろよ!」と返してくれた。


最終種目、開始


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